第490話
「と言うか、ヒマつぶしに来るなら、働いてくれないかな?」
「集まってるのはお年寄り中心ですし」
「年寄りがヒマつぶしするのはどこも一緒だろ」
カインは診察室に置かれている簡易ベッドに腰を下ろすと働かずに待合室に集まっている住人の姿に大きく肩を落とした。
ミレットは苦笑いを浮かべて待合室に集まっている住人達をフォローするとジークはジオスでの事を思い出したようで頭をかく。
「それもそうなんだけどね。何かに使えないかな?」
「……そこで悪い表情をするな」
カインは納得はしているものの、少しでも労働力を増やしたいようで何かを考え込み始める。
その表情は悪だくみをしているようにも見え、ジークは大きく肩を落とした。
「別にそんなつもりはないけどね。ただ、ヒマつぶしより、何かをやる気になってくれた方がこっちとしては都合が良いんだよね。人手が足りないって事はないから」
「……テッド先生、良いか?」
わずかでも領民達の協力を得たいようで苦笑いを浮かべているカイン。
カインが世話しなく働いている姿も見ているためか、彼を否定し切る事はできずにジークが眉間にしわ寄せた時、診察室のドアを叩く音が響く。
「開いてますよ」
「俺は屋敷に戻った方が良いかな?」
「失礼する……タイミング良いのか、悪いのか」
「あれ?」
テッドはドアの奥にいる人物に入るように言うと、カインは患者の来訪にイス代わりにしていたベッドから立ち上がった。
テッドからの許可を得て、ドアが開くと1人の男性が診察室に現れる。
男性はカインの顔を見つけて大きく肩を落とすが、ジークは男性の顔に見覚えがあったようで怪訝そうな表情をすると警戒しているのかその視線はわずかに鋭くなり始めて行く。
「睨まないでくれ。おかしな事はしない」
「ジークくん、私からもお願いします」
男性は先日、カインが流した前領主の隠し財産の噂に躍らせれて屋敷に侵入した者達の1人であり、ジークの視線に男性は両手を上げて降参だと言う。
テッドは男性が訪れた理由に察しがついたようでジークを落ち着かせようと声をかける。
「タイミングとか言ってるって事は俺にも用件ありかな?」
「……」
「カインさんは軽いですね」
ジークの様子にカインは苦笑いを浮かべるも、男性が自分に用がある事を察したようで簡易ベッドに座り直す。
カインの緩い様子にジークは何か言う気も失せたのか小さくため息を吐き、2人の様子にミレットは苦笑いを浮かべると男性にイスを差し出した。
「すまない。先日は迷惑をかけた」
「別にかまわないですよ。元々、そう言うのもあり気で噂話を流したんですし」
「……そう考えるとカインが謝るべきなんじゃないのか?」
男性はイスに腰を下ろすと領主であるカインに向かい頭を下げる。
カインは計算内だったため、気にした様子はなく、ジークはカインの手のひらで踊らされた男性に親近感を抱いたようでカインを睨みつけた。
「それでテッド先生の元を訪れたのは先日の件の答えをいただけると言う事ですか?」
「あぁ、俺達はあんたが領主でいるなら、フォルムに戻りたい。あんたならあのバカ領主みたいな事はしないだろうしな」
「そうならないように努力していくつもりです」
カインはジークの視線を無視すると男性へ、先日の答えを聞く。
男性は頷きはするものの、気恥しいのか苦笑いを浮かべており、カインは表情を和らげて良い領主になる事を誓う。
「……そう言うなら、もう少し俺達の労働環境も整えてくれ」
「ジークは文句を言い過ぎじゃないでしょうか?」
カインの宣言にただ働き同然でフォルムの地に来ているジークは納得いかなさそうにため息を吐く。
ミレットは言いすぎだと言うが、これがカインとジークとのコミニケーションのうちの1つだと理解しているようで苦笑いを浮かべている。
「それでは今度の住居やフィーナやレインに任せている森の探索など少し話し合いをしたいので場所を移動しましょうか? ここには必要なものがありませんし」
「わかった。テッド先生、診察時間に邪魔をして悪かった」
「かまわないですよ。今日はご覧の通りですしね」
カインは男性達の協力を仰げた事で直ぐにできる事をしようと考えたのか男性に場所移動を提案し、男性は素直に頷くとテッドに頭を下げる。
テッドは今日は仕事もない事を強調して笑うと男性は釣られるように表情を和らげた。
「とりあえず、良かったのか?」
「そうですね。これでフィーナさんやレインさん達の方も楽になりますし、新規の農地開拓も進むんじゃないでしょうか?」
「そうですね」
カインと男性の背中を見送ったジークとミレットはフォルムに働き手が増えた事を喜ぶ。
テッドは2人の言葉に頷きはするものの、心配ごとがあるのか表情は優れない。
「どうかしたんですか?」
「いえ、あの者達がフォルムを離れていた間も交流のあった者達は良いと思うのですが、それをよく思わない者達がいないとは言えませんからね」
2人はテッドの表情に気づき、顔を見合わせた後、ミレットが彼に声をかける。
テッドは若い2人に心配させてはいけないと思ったようで笑顔を見せるがその表情は硬い。
「そうなのか? フォルムって同じ秘密を共有してきた仲間達だろ。温かく迎え入れてくれるんじゃないか? 俺としてはリュミナ様を追いかけてくるかも知れないザガードの人達を受け入れた時の方が心配なんだけど」
「1度、裏切った者はまた裏切ると思う人達もいるかも知れないと言う事ですね。難しいですね」
現実的な面を持つジークだがジオスと言う小さな村で育ったためか、仲間意識は強く持っているようでフォルムの住人達もそうなのだと思い込んでいる。
ミレットはテッドの言葉を理解してわずかに表情をしかめた。
「そうですね。ですけど心配だけでは何も解決しないでしょうから、できることからやって行きましょう。信頼を回復するのは彼らが頑張らなければいけない事でしょうし、私には手助けくらいしかできませんが」
「そうですね。できる事からやって行くしかありませんから、これからもご指導をお願いいたします」
テッドは戻ってきた者達のケアは重要だと考えているようで小さく肩を落とす。
ミレットはテッドの心内を理解したようで自分も精一杯の努力をすると笑う。