第476話
「……と言うか、1度、フォルムに戻っても良いんじゃないか?」
「で、でも、そのままにしておくと何かあったら困りますし」
フィリムが卵を覗き込み始めてから、しばらく経つがフィリムはぴくりとも動かず、その姿にジークは頭をかく。
ノエルはカインですらも変人と言うフィリムと卵だけを残して行くのは心配のようで首を横に振る。
「いや、カルディナ様が見張っててくれるから大丈夫だろ?」
「そんな事をしてみなさい。この場で骨も残らないくらいに燃やして差し上げますわ……」
ジークはフィリムをカルディナに押し付けるつもりのようだが、カルディナは怒気を含んだ声で彼を威嚇するように言うと何かに気が付いたようで眉間にしわを寄せた。
「カルディナ様、どうかしたんですか?」
「……私とした事がなぜ、気が付かなかったのでしょう。バカ王子とこの庶民に引きずられてしまったようですわ」
「……で、かしこいカルディナ様は何を考え付いたんだ?」
カルディナの様子に彼女の顔を覗き込むノエル。カルディナはノエルの声など耳に届いていないのか忌々しそうに舌打ちをするだけではなく、またもジークとエルトを見下ろすように言う。
その舌打ちにジークのこめかみにはぴくぴくと青筋が浮かび始めるが、カルディナの性格を大部理解できてきたようで彼女の考えを聞く。
「決まってますわ。私を縛りつけてるのはたかが縄1本、この程度のもの庶民事燃やし尽くして差し上げますわ」
「……本当にこいつに任せて大丈夫なのか?」
「あ、あの、研究室に置いてあるのものが燃えてしまうとカインさんが困るんじゃないでしょうか?」
カルディナは高笑いをあげてジークとともに縄を焼き尽くすと宣言し、魔法の詠唱に入ろうとする。
しかし、その行動は短慮とし言えず、ジークは頭が痛くなってきたようで頭を押さえ、ノエルはカルディナを傷つけないように遠慮がちに言う。
「……冗談ですわ」
「まぁ、そう言う事にして置くか? それにフィーナよりは確実に頭は回るし、あいつは引きちぎろうと暴れ回るだけだろうからな」
「ジークさん、それは言い過ぎじゃないかと思うんですけど」
ノエルに指摘され、視線を逸らすカルディナ。ジークは思いとどまった彼女の姿に頭をかくが、いつものように一言多く、フィーナが居ればまた騒ぎが起きる危険性もある。
ノエルはジークの言葉をいさめるように言うとジークは苦笑いを浮かべながら鼻先を指でかいた。
「焼き切るのは勝手だがラースの娘、お前程度でできるなら試してみたら良い」
「……あの縄、特別性か」
「そうみたいですね」
その時、卵の観察を終えたようでフィリムがカルディナを挑発するように口元を緩ませて言う。
ジークとノエルはその言葉に顔を引きつらせ、カルディナは敵意をむき出しの視線をフィリムに向ける。
「なぁ、ノエル、今更だけど、カルディナ様は一応とは言え、魔術学園の生徒だから師事を仰ぐ側だよな?」
「そうですね。いろいろと問題はないんでしょうか?」
「……良いか。昔からの知り合いだからいろいろとあるんだろう」
カルディナの様子にジークは眉間にしわを寄せるものの、ラースとフィリムの関係もあるためにそれ以上の詮索を避けようと自分を納得させた。
「それで、何かわかりましたか? 何か凄いものの卵なんですか?」
「いや、たいしたものではない。ただのドラゴンの1種の卵だ。それより、トリスの息子、私を早くワームに連れて行け」
「そうか。ドラゴンの卵か。全然、聞いた事のないような凶暴な生物の卵だったら、どうしようかと思った……ドラゴン?」
卵について何かわかった事はないかと尋ねるノエル。フィリムはすでに卵から興味がなくなったようで簡潔に答えるとジークにワームまでの案内を催促する。
フィリムのあまりに軽い口調にジークは胸をなで下ろしたものの、よくよく考えると卵はとんでもない代物であり、顔を引きつらせながら卵を指差して聞き返す。
「なんだ? まさか、ドラゴンも知らないのか?」
「し、知ってるに決まってるだろ。な、何で、そんなものが巨大蛇の腹の中から出てくるんだよ!!」
「どこから出てきたかなど俺の知った事ではない」
ジークの言葉を見下すように答えるフィリム。
彼の回答ははジークの求めているものではなく、まくしたてるように聞くがすでに卵から興味のなくなったフィリムは呆れ顔でため息を吐いた。
「ノエル!!」
「ド、ドラゴン……本物のドラゴンの卵? フィリム先生、本当にドラゴンの卵なんですよね? ポイズンリザードとか偽物じゃないですよね?」
「ノ、ノエルさん? ど、どうかしましたか?」
ジークはどうして良いのかわからずにノエルの名前を呼ぶが、彼女は目を輝かせて、フィリムに詰め寄る。
ジークはノエルの突然の変化に何が起きたかわからずになぜか敬語になってしまっている。
「何を言ってるんですか? ジークさん、ドラゴンの卵がここにあるんですよ強く気高い種族であるドラゴンのですよ!!」
「そ、そうか」
「ジーク、あなた、今、完全に引いてますわね」
ノエルは興奮気味にジークの鼻先まで移動して言い、ジークは普段見ない彼女の様子に1歩後ずさった。
そんな2人の様子にカルディナは呆れたようなため息を吐く。
「そ、そんな事はないぞ。取りあえず、ノエル、落ち着け」
「落ち着いてなんていられません!! フィリム先生」
「たしか、ノエルとか言ったな……貴様、ポイズンリザードを偽物などと言うとはどう言う事だ? 確かにドラゴン族に分類するには異を唱える者もいるが鱗の形状や骨格、ドラゴンから枝分かれして発生した種族だと言う事がわからんのか、姿形がすべてだと? この愚か物が!!」
「認めません!!」
ジークはカルディナの言葉を否定しきれないが、口では引いてないと言うとノエルを落ち着かせようとする。
しかし、ノエルの興奮状態は治まる事は無く、フィリムに再度、詰め寄った。
ノエルの言葉はフィリムにとっては認める事の出来ない言葉であったようで彼女の言葉を声を上げるが負けじとノエルは声を上げ、2人の間にはおかしな敵対関係が生まれ始める。
「……長くなりそうだな?」
「そ、そうですわね」
2人の様子にジークとカルディナは顔を合わせた後に大きく肩を落とす。