第475話
「……会えれば良いとは思ってたけど、唐突だな」
「そ、そうですね」
「……ちっ」
研究室に入ってくるなり、ジークに命令するフィリムの姿にジークは眉間にしわを寄せ、ノエルは苦笑いを浮かべた。
2人の隣でカルディナはフィリムの顔を見るなり、忌々しそうに舌打ちをする。
「フィリム=アイ教授ですか? シュミット=グランハイムです。教授のご活躍は……」
「……ふむ」
シュミットは魔術学園きっての変人でありながらも現学園で最も優秀とまで呼ばれているフィリムと初めて顔を合わせたようで深々と頭を下げると彼なりに交友関係を広げようとしているのかお世辞の1つでも言おうとするが、フィリムはその言葉を手で遮った。
突然の事に固まってしまうシュミットの顔をフィリムは見定めるように覗き込むと小さく頷く。
「あ、あの」
「帰って良いぞ。俺はお前に興味などない」
「……そうですか。何かあった時は力を貸していただきたいと思いますのでよろしくお願いします。ジーク、ノエル、カルディナ、今日は時間を取ってくれて助かった」
フィリムの様子にシュミットは何かあったと思ったようで声をかけようとするが、フィリムはシュミットに興味などないと追い払うように手を払う。
その態度は国を治める王族に対しての態度ではなく、シュミットの怒りの感情に火が突きそうになるが、何とか怒りの感情を抑え込むとフィリムに頭を下げて研究室を出て行く。
「ふむ。感情を抑え込むか。つまらんな」
「シュミット様、ま、待ってください!?」
「……俺が追いかけるから、ノエルは待っててくれ」
シュミットの背中を見て、フィリムはつまらないと言う。
ノエルは今の状況でシュミットを帰すのは不味いと思ったようで慌てて、駆け出そうとする。
彼女がシュミットに追いつけるわけないと思ったジークは彼女を引き止めると頭をかきながらシュミットを追いかけて行く。
「別に追いかける必要はない。あの男は昔ならまだしも、今ならこの程度で気分を害する事はないだろう」
「だからと言ってな」
「仲が良くなるのは構わんが、情が移ると言うべき時に必要な言葉が出てこなくなるぞ」
しかし、フィリムはシュミットと言う人物に高評価を点けたようで、ジークの肩をつかみ、彼を引き止める。
ジークは先日のシュミットの宣言もあり、フィリムの評価には納得はできるようだが気持ちを考えろとフィリムの手を払った。
フィリムはジークがやろうとしているのはただのなれ合いだと言い切ると真っ直ぐとジークを見つめて言う。
その言葉にはフィリムが過去に経験した何かがあるのか淡々としているのか凄味があり、ジークは口を詰むんでしまう。
「理解できたなら、俺をワームに連れて行け。ワームの後はルッケルだ」
「……自分勝手だな。おい」
フィリムは無駄な手間を取らせるなと言い、ジークは今からシュミットを追いかけても仕方ないと割り切ったのか彼の言葉にため息を吐く。
「ジークさん、良いんですか?」
「仕方ないだろ。別に送るのは構わないけど、こっちにも頼みたい事があるんだ」
「……面白い事なら聞いてやる」
シュミットが帰ってしまった事におろおろとするノエル。彼女の様子にジークは苦笑いを浮かべるもフィリムには頼みたい事もあったため、彼の頼み事に交換条件があると言う。
フィリムはジークからの返しを予想していなかったようで小さく口元を緩ませた。
「私は関係なさそうですから、失礼しますわ」
「待て。ラースの娘、せっかくだ。お前も聞いて行け」
フィリムの笑みにカルディナは心底関わり合いたくないのか、研究室から逃げ出そうとジークとフィリムの横を通り抜けようとするがフィリムの手が伸び、彼女の首根っこをつかむ。
「私には関係ありませんわ!!」
「この後、ワームに行くんだ。ラースへの土産にちょうど良い」
「な、何をするのですか!? 止めなさい!?」
カルディナは手を振り払おうとするが、フィリムはカルディナをラースへの土産と決定したようでどこからともなくロープを取り出すとカルディナを縛りつけ床に転がした。
その流れるようなロープ技術にジークとノエルは顔を引きつらせるが何かを言って自分達もカルディナ同様に縛られたくないため何も言わずにその様子を見守っている。
「……あんた、魔術学園の教授じゃないのかよ?」
「フィールドワークで暴れるサンプルを捕えないといけない事も多々あるからな。それで」
ジークの口からは驚きの声が漏れてしまい、ジークは慌てて口を押さえる。
フィリムはジークを縛りつける気もないようであり、ソファーに腰をかけると交換条件をまず見せろと言う。
「え、えーとですね。先日、こんな物を拾ったんですけど、カインさんは何かの卵じゃないかって言うんですけど、専門ではないのでフィリム先生に見て貰ってはどうかと」
「ほう……」
ノエルはカルディナへと視線を向けつつも、今は助ける時ではないと判断したようで申し訳なさそうにカルディナに頭を下げた後、フィリムに謎の卵を見せる。
目の前の卵にフィリムは1度、感心したように頷いた後、覗きこむように卵との距離を縮めた。
「あ、あの、ジークさん、大丈夫ですかね?」
「わからない。それより……」
「見てないで、助けなさい!!」
ノエルはフィリムの様子に何かあっても困ると思ったようでジークに助けを求めるような視線を向ける。
ジークはどうして良いのかわからないようで乱暴に頭をかいた後、床に転がっているカルディナへと視線を移す。
カルディナはジークと視線が合うと床に転がりながら、助けろと威嚇をする。
「……これで口を塞ぐか? 煩いし」
「ダ、ダメですよ」
「流石に冗談だ。だけど、ロープを解くと逃げるぞ。カインとセスさんからもフォルムに連れてくるように言われてるわけだし」
ジークはカルディナの口は塞いでしまおうと思ったようでハンカチを取り出すとノエルは慌ててジークの腕をつかむ。
ノエルの言葉にジークはカインとセスの指示もあるため、どうするべきかとわからないと言いたげに大きく肩を落とす。
「あ、あの、とりあえず、床は良くないと思うので、ソファーに」
「そうだな」
「な、何をするのですか!? 変なところを触る気ですか!?」
「触らない」
流石に床に転がして置くわけにもいかないため、ジークは騒ぐカルディナを抱きかかえてソファーの上に運ぶ。




