第461話
「いらっしゃい。ずいぶんと久しぶりだね」
「いや、元々、日帰りできる距離だし」
「ジルさん、お久しぶりです」
日が暮れてきている事もあり、店のホールは宿泊している冒険者達で賑わっている。
店主であるジルは3人が店の中に入ってきた事に気が付き笑顔を見せるとジークは挨拶代わりの悪態を吐き、ノエルは慌てて頭を下げるがフィーナは挨拶より、席の確保が先決とカウンター席に座り込む。
「……フィーナ、挨拶くらいしろよな」
「何よ? 入口に立ってる方が邪魔でしょ。それより、早く座りなさいよ」
「あんた達はいつも通りだね。あたしの事は気にしないで良いから、ジークもノエルちゃんも座りな」
フィーナの様子にジークはため息を吐くがフィーナは隣の席を手で叩き、ジークとノエルに早く座れと催促しており、彼女の様子にノエルはバツが悪そうな表情をしてジルへと視線を移す。
3人の様子はジルの知るいつもの様子であり、彼女は柔らかい笑みを浮かべてジークとノエルに座るように促し、ジークとノエルはカウンター席に座る。
「それで、今日はどうしたんだい?」
「いや、ルッケルとワームの連絡係の仕事でフィーナが夕飯前に腹に何か入れておきたいって言うから」
「ジーク、あんたも忙しいみたいだね」
ジルは3人の前に水の入ったカップを置き、ルッケルに訪れた理由を聞く。
ジークはメニューを見ているノエルとフィーナを眺めながら、ジルの質問に答えるとジークの様子から彼が疲れている事は察しがつくようで苦笑いを浮かべた。
「あの、ジルさん、街の様子が何か騒がしかったんですけど、何かあったんですか?」
「その前に、ノエルちゃん、そっちも何があったんだい?」
ノエルは街中が騒がしかった理由が聞きたいようでジルに話しかけるが彼女の腕の中には今もしっかりと謎の卵が抱きかかえられており、状況が理解できていないジルは首を傾げる。
「これは鉱山を調べてくれているフィリム先生に見て貰おうと思って持ってきたものです」
「フィリム先生? あの学者先生かい? 今日はルッケルにはいないはずだよ」
ノエルは慌てて、卵をカウンターの上に置くとフィリムに用があると答える。
フィリムの名を聞き、ジルは彼と面識があるのか苦笑いを浮かべた後にフィリムがルッケルにいないと話す。
「ルッケルにいないんですか?」
「アズ様のお屋敷のご飯は飽きたと言って今はウチに滞在してるんだけどね。この間、王都から使者が来て他の人に鉱山の調査を任せて早馬で1度、王都に戻ったよ」
「いないのかよ……盛況だな。うらやましい限りだ」
フィリムはルッケルを留守にしているようであり、ジークは無駄足だと言いたいのか頭をかくが彼にとってはフィリムに会う事はもののついででもあったため、どうでも良いと考え直したようで興味なさそうにホールでバカ騒ぎをしている冒険者へと視線を向ける。
「まあね。なんだかんだ言いながらも巨大ミミズと巨大モグラを狩るために近隣から集まってきてるよ。それに今は街道整備で職を探してる人間が集まってきてるからね」
「あの、何かあったんですか? 街の様子と何か関係あるんですか?」
ジルは嬉しい悲鳴だと笑うものの、こもった事もあるようで小さなため息を漏らす。
彼女のため息を見逃さず、ノエルはジルの困り事と街の様子が繋がると思ったようで心配そうな表情で聞く。
「人が集まるとやっぱり、揉め事が増えてね。アズ様の私兵団も見回りを強化してくれてるんだけど人手不足は否めないんだよ。そうなるとなし崩しに治安も悪くなってね。困ったもんだよ」
「それは……確実にリックさんのところにしわ寄せがきてるな」
「確実にまた死にかけてるわね」
人が集まっている事で治安がしており、けが人も増えている事が予想でき、ルッケルで診療所を開いているジーク達の知人であるリック=ラインハルトに負担がかかっている事は簡単に想像が付き、ジークとフィーナは眉間にしわを寄せる。
「リックさん、自分の体調は後回しですからね」
「まぁ、食事くらいはと思ってたまに差し入れはするんだけどね。誰か手伝ってくれる人間がいれば良いんだけどね」
「いや、俺は無理だから、それに今は勉強中、はっきり言って役立たず、それに俺がここにくると薬が足りなくなる可能性があるしな」
ノエルは診察室の机に突っ伏し、浅い眠りについているリックの姿が目に浮かんだようで苦笑いを浮かべた。
ジルがリックの健康を気づかってくれてはいるものの、彼は明らかにオーバワーク気味であり、ルッケルにきた時にはリックの診療所の手伝いをしているジークへと視線を移し、リックを手伝うように言う。
しかし、ジークは自分の仕事で手いっぱいだと首を横に振る。
「そうかい。困ったね」
「まぁ、ワームは医療を学ぶ人間が多いんだろ。レギアス様にでも頼んで見るか?」
「そうね……ジル、私はこれ、ノエルはこっち」
ジークが手伝ってくれる事を期待していたようでジルは残念そうに肩を落とすとジークもリックは心配のようで最近、手に入れた人脈で手伝える事を探してみると言う。
その隣でノエルとフィーナはメニューを選び終えたようで注文をするとジルは苦笑いを浮かべる。
「ジーク、あんたはどうするんだい?」
「任せるけど、飲み物だけで良い」
「はいはい。ちょっと待ってな」
ジルは3人分の注文をさばくために奥に入って行き、その場にはジーク、ノエル、フィーナの3人が残された。
「治安の悪化? 面倒よね」
「フィーナ、話を聞いてたんだな」
「ジーク、私の事をバカにしてるの?」
「フィーナさん、落ち着きましょう」
フィーナは開いていたメニューを閉じ、小さくつぶやくとジークは心底驚いたと言いたげにわざとらしく言う。
ジークの言葉にフィーナの額には小さな青筋が浮かび上がり、ノエルは慌てて2人の間に割って入り、フィーナをなだめる。
「治安の悪化ですか? この間までは問題なさそうに思ったんですけど」
「不満はたまってくるからな。鉱山で働いていた人達は慣れない仕事をしてるわけだし、街道整備の現場監督はワームからきてるだろうし、アズさんが俺達に言わないようにしてただけだろ。深入りしても何もできないだろうしな」
ノエルはフィーナを落ち着かせた後、心配になってきたようで不安そうな表情をする。
ジークは彼女より、状況を理解できているようで頭をかくも自分が口を出せる事でもないと思っているようで話を終わらせようとするが、彼自身もどうにかしたいようでその表情は優れない。




