第449話
「……」
「本当にノエルは馬車が苦手みたいですね」
「まあな」
日帰りとは言え王都から出る事もあり、食事を済ませた後、ジーク、ノエル、リアーナはバーニアの案内で冒険者の店に顔を出す。
バーニアが馬車の貸出手続きをしているなかリアーナはノエルへと視線を向けると彼女はうつむき身体を震わせている。
その様子にジークの腕を引っ張るがジークは何もできない事もあり、苦笑いを浮かべる事しかできない。
「ジーク、酔い止めくらいはないのですか?」
「ないも何もすでに服用済みだから」
「そうですか……」
リアーナはノエルのために薬を出してやるようにジークに言うが馬車での移動が判明して直ぐにノエルは薬をジークから薬を貰って飲んでいた。
ジークは苦笑いを浮かべたまま首を横に振るとリアーナはどうして良いのかわからずに大きなため息を1つ吐く。
「それより、リアーナはこっちについてきて良いのか? リュミナ様の警護とか必要ないのか?」
「シュミット様のご指示ですから」
「でも、心配じゃないのか?」
ジークの印象ではリアーナはリュミナを第一に考えるところがあるため、彼女がシュミットの指示に素直に頷いた事に違和感を覚えていたようであり、彼女になぜ同行しようと思ったかを聞く。
リアーナはジークの質問の意味がわからないのか、怪訝な表情をして答えるとジークは悪気はないと言いたげに小さくため息を吐いた。
「心配ではないかと言われれば心配です。しかし、私はハイムの騎士になりました。その中で必要な任があります。それに受けた恩を返さなくては騎士の名折れですから」
「受けた恩ね……特に何かした気もないんだけどな」
「そうしておきましょう」
騎士としての当然の事をしていると笑うリアーナの姿にジークは若干、気恥しくなったのかポリポリと首筋をかく。
そんなジークの姿にリアーナはくすくすと笑い、彼女の様子にジークは居心地が悪くなってきたようで視線を逸らす。
「おい。行くぞ」
「あぁ、ノエル、用意できたって」
その時、馬車の貸出手続きを終えたバーニアが3人を呼ぶ。
ジークはタイミングが良かったため、逃げるようにノエルを呼び彼女の腕を引っ張り、外に出て行く。
「逃げられましたね」
「まぁ、本人は本当に何かしたつもりもないだろうしな」
「確かにそうですね」
ジークとノエルの姿にリアーナは苦笑いを浮かべる。
バーニアがタイミングよく話しかけていたのは2人の話を聞いていたようであり、ジークの助け船を出したようであり、2人は顔を見合せて笑うとジークとノエルの後を追いかけて行く。
「……」
「……アズさんのところの馬車とは違うよな」
「……ノエル、馬車に乗って大丈夫なのか?」
冒険者の店の前にはすでに馬車と用意されており、ノエルは真っ青な顔で馬車へと視線を向けている。
馬車は冒険者の店に置いてあるもののため、ルッケルでアズに乗せて貰っているものより、かなりぼろく、乗り心地は悪そうに見えジークはノエルの様子に苦笑いを浮かべた。
バーニアは自分で頼んだものの、彼女がここまで馬車が苦手だとは思っていなかったようで眉間にしわを寄せる。
「だ、大丈夫じゃありません」
「と言っても、乗るしかないんだけどな」
「それもそうだな。ノエル、行くぞ」
ノエルは泣きそうな表情で馬車を拒否するがバーニアは彼女の言葉を否定すると馬車に乗り込む。
ジークはバーニアに続いて馬車に乗り、ノエルへと手を伸ばす。
ノエルは自分のわがままで迷惑をかけるわけにもいかない事は理解しているようで、小さく頷くとジークの手を握り、馬車に乗ろうとするが彼女の意思に反して足はすくんでいるようで動かない。
「ノエル、行きましょうか?」
「はう!?」
「それじゃあ、行くか?」
リアーナはそんな彼女の姿に苦笑いを浮かべると彼女の背を押し、ノエルは驚きの声をあげるとジークに引っ張り上げられ馬車に乗り込んだ。
ノエルに続いてリアーナが馬車に乗り込むのを確認するとバーニアは馬に鞭を入れ、馬車はゆっくりと進んで行く。
「……」
「心配するな。王都周辺は街道の整備もしっかりできてるから、そこまで揺れないから」
ノエルは馬車が動き出した事に怯えているようでジークの身体をしっかりとつかみ、身体を震わせている。
バーニアは馬車の進む先から視線を逸らす事はないがノエルの状況は手に取るように理解できたようで彼女を安心させるように声をかけた。
「ほ、本当ですか?」
「……いや、ワームの周辺も街道整備はしっかりしてただろ」
「そ、そうかも知れませんけど、お、王都ですよ。国の中心ですよ。きっと、馬車は揺れません」
ノエルはバーニアの言葉に食いつくが、ジークはゴブリンの集落に足を運んだ時にワームから馬車に乗った時のノエルの姿を思い出したようで小さくため息を吐く。
ジークの言葉より、バーニアの言葉にすがり付きたいノエルは自分に言い聞かせるようにぶつぶつとつぶやき始める。
「ダメだな。これは」
「ジーク、どうにかならないのですか?」
「まぁ、ノエルに効果があるように酔い止めは日々、改良しているけどノエルが馬車を嫌がるから効果の確認はできてないからな」
ノエルの姿にジークは大きく肩を落とすとリアーナはノエルがかわいそうに見えてきたようでどうにかできないかと聞く。
ジーク自身はノエルのために努力はしているようであるが、ノエル自身の協力を仰げない事もあるようで苦笑いを浮かべた。
「それではジークにとっては良い機会と言う事でしょうか?」
「ノエルには悪いけど、効果が確認できるのは良い事だろうな」
「だ、だって、気持ち悪くなるんですよ。それなのに馬車になんか乗りたくありません」
ノエルには悪いが馬車を乗る機会はありがたいと笑うジーク。ノエルはそんな彼の言葉に裏切られたと思ったのか涙目でジークを睨む。
「……」
「ジーク、鼻の下が伸びてますよ」
「そ、そんな事はないぞ。バーニア、実際、馬車で移動するって事は遠いのか?」
しかし、ノエルのその姿はジークにとってはご褒美でしかなく、小さく拳を握りしめており、リアーナは呆れたようにため息を吐いた。
彼女の言葉にジークは慌てて否定し、表情を引き締めるとバーニアの目的地を聞く。
「遠くはないがそれなりに荷物があるからな。持ち運びが大変だからな」
「……大荷物ですか? 転移魔法では帰れないですね」
バーニアは振り返る事無く答えるとノエルは帰りも馬車だとわかり、大きく肩を落とした。