第441話
「温めてきますか?」
「良いですよ。そこまで長くはならないでしょう」
「そうですか?」
ミレットはポットを置くとカップを手に取り、温くなったお茶を1口飲む。
その様子にジークはお茶を温めてこようとソファーから立ちあがるが、ミレットはそこまで気にする事ではないと彼を引き止める。
ジークは話の流れでもう少し時間がかかると思ったようでカルディナに意見を求めるように視線を向けるとカルディナもお茶を温める必要性はないと思ったようで首を横に振り、ジークはソファーへと座り直す。
「お兄様ですか?」
「そうじゃないでしょうか?」
「……そうかも知れませんね」
少しの間、沈黙があり、カルディナは自分がカインを兄のように慕っていたのかと考え込むようにつぶやく。
ミレットは優しげな笑みを浮かべて聞き返すとカルディナは彼女の笑みにつられるように表情を和らげた。
「それがわかったわけですし、明日からはカインの事をお兄さんと呼んでみたらいかがでしょうか?」
「わ、私がカイン様をお兄様とですか?」
「良いじゃないですか。カインはどんな風に呼ばれても態度を変えるような事はしませんよ」
「た、確かにカイン様は呼び方を変えたくらいで態度を変えるような器の小さな方ではありませんわ」
ミレットはカルディナの様子に良い事を思いついたと言いたげにポンと手を打つと彼女にカインを兄と呼ぶように提案する。
カルディナはその言葉に顔を真っ赤にして慌て始めるとミレットは楽しそうにカルディナにささやき、最後の一押しをし始める。
その様子にジークはミレットが何をしたいのかわからないようで眉間にしわを寄せた。
「……良い。良いですわ」
「どうでしょう? カインだけではなく、私の事もお姉ちゃんと」
「……ミレットさん、それは意味がわからないから」
カルディナは夜も遅い事や思いこみの強いオズフィム家の血なのかミレットの言葉に乗ってしまったようで拳を握り締めて叫び。
ミレットはついでと言いたいのか、自分の事も『姉』と呼ぶように言う。
ジークは自分も以前に言われた事があるため、意味がわからないと大きく肩を落とす。
「……しかし、何を血迷ったらあれを兄貴と思いたくなるんだ? 性格悪いし、人使い荒いし」
「何を言っているのですか!! 少なくともあなたのような庶民よりは何倍も頼りになりますわ。あなたはお兄様のそばにいたくせにそれもわからないのですか!!」
ジークはこのおかしな状況に頭をかきながら、カインを兄と呼ぶのはあり得ないと言う。
その言葉にカルディナは勢いよく立ちあがるとジークを指差し、カインをバカにする事は許さないと声をあげる。
「ミレット様、落ち着いてください。それはジークのてれ隠しですから」
「てれ隠し?」
「……」
ミレットはジークとカルディナの様子が微笑ましいのか、ジークの本心をばらしてしまう。
その言葉にカルディナはきょとんとした表情で聞き返し、ジークは気まずいのかポリポリと首筋をかき、2人から視線を逸らす。
「カルディナ様がカインとセスさんを近くで見ていたように、誰よりもそばでカインを見ていたんですから」
「お兄様を誰よりもそばで?」
「……どうして、俺は威嚇されないといけないんだ?」
ミレットはくすくすと笑いながら、ジークとカルディナは似ていると言うとカルディナは何かに火が点いたようでジークを改めて敵と判断したのかジークを威嚇するように睨みつける。
そんな彼女の様子にジークは意味がわからないと言いたげに大きく肩を落とした。
「わかりませんね。ただ、ジークとカルディナ様がカインを兄と思っている事だけはわかりましたね……と言う事は、カルディナ様にとってジークもお兄さんと言う事でしょうか?」
「妹?」
「お兄様? ありえませんわ。これがお兄様などありえませんわ。お兄様は優しく気高く素晴らしい方ですが、このような庶民で小者など認めませんわ!!」
ミレットはジークもカルディナにとっては兄と思って良いのではないかと言うと、ジークとカルディナはお互いに顔を見合わせる。
カルディナはジークを兄と思う事などあり得ないと叫ぶと腹を立てたのか居間を出て行ってしまう。
「失敗しましたね」
「……ミレットさん、何がしたいんですか?」
カルディナの背中を見送った後、ミレットは苦笑いを浮かべるとジークは彼女が何をしたいのか意味がわからないようで眉間にしわを寄せた。
「何でしょうね。それより、ジーク、妹がもう1人できたわけですけど、どんな気持ちですか?」
「いやいや、おっさんの娘が妹はありえないだろ。だいたい、人の迷惑を考えないような奴はフィーナだけで充分? フィーナだけで……」
ミレットはくすくすと笑いジークにカルディナを妹と見えるかと聞く。
ジークはその言葉に意味がわからないと首を振るものの、自分の口からフィーナの名前が出た事で何かが繋がったようで乱暴に頭をかいた。
「気が付きましたか?」
「……いや、そんな事はないだろ」
ジークの様子にミレットはくすくすと笑うが、ジークは自分の考えを否定したいのか眉間にしわを寄せる。
「カインだって人ですよ。見知らぬ地で1人で不安になる事はあると思いますよ。フィーナとカルディナ様はどこか似ていますからね」
「確かに自分の非を認めないところとか、色々と共通しそうなものはあるけど……ないだろ」
ミレットは幼い日のカインがフィーナとカルディナを重ねたと言うとその日のカインとカルディナの姿を思い浮かべたようで表情を和らげた。
ジークはミレットと同じ事を考えてはいるようだがどうしても認めたくないようで首を横に振る。
「ジークは認めたくないみたいですね」
「別にそう言うわけじゃないけど、何で、よりにもよっておっさんの娘なんだよ?」
「ジークも言ったじゃないですか。2人が似てるって、それに結局のところはカインにしかわかりませんから、自覚はなかったかもしれませんしね」
ジークはカインの人選がわからないと大きく肩を落とすとミレットはくすくすと笑う。
ミレットに指摘されてジークは彼女から視線を逸らして頭をかく、その姿にミレットは優しげな笑みを浮かべている。
「それじゃあ、私も部屋に戻りますよ。片付けは明日の朝にしますから、そのままにしておいてください」
「わかりました」
ミレットは話の中心だったカルディナも部屋に戻ってしまったため、これ以上は夜更かしをする気もないのかソファーから立ちあがると居間を出て行く。




