第440話
「これだから、礼儀を知らない庶民はもう少しカイン様から学べないのですか?」
「意味がわからないから」
カルディナはジークが自分に配慮しない事に忌々しそうに言うが、ジークはカルディナの言いたい事がわからないようでため息を吐くとお茶を1口飲む。
「……どうして、このような男をカイン様が重用するのかわかりませんわ」
「重用って、こき使われてるだけだけどな。だいたい、あいつ、あれで交友関係が広いんだろ。何人か手伝ってくれる人間を連れてこいよ」
カルディナはジークの態度に半ば呆れているのかため息を吐き、有能なカインがジークのような人間を使う理由がわからないと言う。
ジークは王城で見たカインの友人達の様子に自分達に手伝わせなくてもフォルムの領地運営を手伝ってくれる人間がいるのではないかと頭をかく。
「確かにそうですわね。あなたのような人間に手伝わせる意味がわかりませんわ……と言いたいところですが」
「何かあるのか?」
「誰もがあなた方のようにヒマを持て余しているわけでは割りませんわ」
カルディナはジークの言葉に1度頷くが、何か考えがあるのか眉間にしわを寄せる。
彼女の様子にジークは首を傾げると、カルディナはジークを見下すように言う。
「……本当に、いちいち、腹の立つ言い方をするよな」
「お互い様ですわ」
ジークはこの状況でも自分を庶民と見下すカルディナに睨みつけるが、カルディナはカルディナでジークの態度が気に入らないせいだと睨み返す。
「お互い様も何も最初にケンカを売ってきたのはお前だろ。ルッケルでどれだけ迷惑をかけられたと思ってる?」
「あれは」
「こっちは元々、客商売をしてるんだ。必要なら本音と建て前くらいは使い分ける。あの騒ぎでの結果を見て、俺はあんたに建て前も礼儀も使う必要はないと判断した。それだけだろ」
ジークは元々はカルディナがルッケルで起こした騒ぎが原因だと言うとルッケルの件ではそれなりに罪悪感があるようで口どもる。
そんな彼女の様子に何か感じ取ったのか、ジークは改めて、自分とカルディナの出会いについて思い出すように言う。
「名家だなんだって言うなら、そっちも本来、一緒なんじゃないのか? カイン自身が才能があるのは見ればわかる。それこそ、取りこみたくなるくらいには」
「別にそう言うわけではありませんわ」
ジークはカルディナがカインに懐いていたのは騎士としての名家であるオズフィム家のメリットを考えた上だと思っているようでため息を吐く。
しかし、カルディナには彼女なりの想いも確かにあり、カップを両手で包みこむように持つと小さく表情を和らげる。
「……」
「何ですか? まさか」
「……何度も言わせるな。俺はノエル一筋だ」
「そうですか……あなたが知らないだけで、名家には名家の問題があるのですわ」
カルディナの表情の変化にジークは少し驚いたような表情をすると、カルディナはジークの視線に気づき、再度、彼を威嚇するような視線を向けた。
ジークは意味のわからない疑いに大きく肩を落とすと、カルディナは小さく頷き、カップのお茶へと視線を移して寂しそうに笑う。
「全部が全部、わかるわけじゃないけどな。いくつかはわかる。まぁ、エルト王子達に聞いた話だから、その場所に立ったわけでもないけどな」
「そうですか」
カルディナの反応にジークは調子が狂うと言いたげに頭をかくとエルトやシュミットから聞いた彼らが持つ悩み、リュミナがメルトハイム家を継ぐにいたった過程などを思い出したようである。
カルディナはジークには鼻で笑われると思ったようで、彼の反応に意外そうな表情をする。
「何だよ?」
「礼儀も何も知らないあなたの事ですから、バカにすると思いましたわ」
「一応、エルト王子やシュミット様にもいろんな事があったって聞いたからな。何も苦労なんてしないと思ってたけど、そうでもないって事は知らされたよ」
カルディナは思っていた事を隠す事なく、口にするとジークはその物言いにジークはムッとはするが、カルディナが自分に対していつもより柔らかく話している事もあるのかぐっと我慢し、ネタバラシをする。
「そうですね。私でも悩むのですからエルト様は多くの事を抱えているのでしょうね」
「まぁ、臣下の後継者に王位を継ぐのに相応しくないとか言われるからな」
「……その件については私が悪かったですわ。と言うか、細かいですわ」
カルディナは小さく頷くとジークはセスの研究室で話をしていた事を思い出す。
カルディナ自身はセスの研究室でエルトに気がつかずに暴言を吐いた事は反省しているようで目を伏せるも、ジークに言われる筋合いはないと思ったようで彼を睨みつける。
「悪かった。話を逸らした。それで、その名家の悩みがカインに何の関係があるんだよ?」
「きっと、羨ましかったのですわ。カイン様には誰もが羨む才能が溢れていて、それなのに自分を縛りつけるものをなく、自由に見えたんです。カイン様のそばに居れば私もそうなれるのではないかと思ったのですわ。名家の出身でもなく片田舎から出身であるにも関わらず、自分の才能だけでなりたいものを選ぶ事ができる」
ジークは素直に話を逸らしてしまった事を謝ると、改めて、カルディナの悩みについて問う。
カルディナは初めてカインを見た時の事を思い出しているのか、カインへの嫉妬と自分の境遇からカインを求めてしまったのではないかと言う。
「羨ましいか?」
「そうですね。きっと、最初は嫉妬ですわ。それでもカイン様は私を粗略に扱う事はなく、オズフィム家の後継者とではなくカルディナとして見てくれましたわ。だから、甘えてしまっていたのだと思いますわ」
首を傾げるジークにカルディナは自分の想いを再確認するかのように小さく頷く、その想いの中にはどこか家族などに向ける情愛のような感情も見える。
ジークはその様子にカインの性格を考えるとカルディナを見捨てる事は出来ないと言う事も理解できているため、ポリポリと頭をかく。
「きっと、カルディナ様はカインをお兄さんのように思ってしまったのですね。それを恋と思ってしまったんでしょう」
「ミ、ミレットさん、どこから湧いて出てくるんですか!?」
「普通に入ってきましたよ。お話しに集中していたみたいなので、途中で入るのは悪いと思ったんです。流石に温くなってますね」
その時、ジークの背後からミレットの声が聞こえ、ジークとカルディナは驚きの声をあげる。
ミレットはかなり前から立ち聞きしていたのか、カップを持参しており、ジークの隣に座るとポットからカップにお茶を注ぐ。