第435話
「フィーナ、静かにする。ジークも味付けくらいはできると認識すれば良いだけだろ」
「そうなんだけど……しかし、これはないな」
ジークとフィーナの様子にカインは場を収めようとしたようで大きくため息をついて2人をいさめる。
ジークは料理の味自体は悪くないため、もう1度、手を伸ばすと上手く切れずに繋がっている料理を手に取り、眉間にしわを寄せた。
「基本的に大雑把だから、それは仕方ない」
「……攻撃対象を変更するべきかしら」
「フィーナさん、お食事中ですから暴れないようにしてください」
カインはフィーナに包丁をまともに使う事など無理と言い切ると、フィーナはカインを睨みつける。
今にも殴りかかりそうなフィーナの様子にノエルは慌てて、フィーナの服をつかみ彼女に落ち着くように言う。
「……」
「カルディナ様」
「わかっています。カイン様」
カルディナは料理に視線を向けてはいるものの、手を出すには一歩及ばないようであり、その様子にカインは苦笑いを浮かべて彼女の名前を呼ぶ。
カインに名前を呼ばれてカルディナはカインに嫌われたくもないためか、料理へと手を伸ばす。
「……今更だけど、おっさんの娘のくせにプライドだけ高いよな?」
「ラース様は融通が利かないところもありますけど、寛容ですからね」
ラースへの偏見はかなり払拭されたため、どうしてもラースとカルディナの事を比較してしまうジークは眉間にしわを寄せている。
レインはカルディナをフォローしたいようだが、カルディナに迷惑しかかけられていないジーク相手ではフォローする事が出来ないようで大きく肩を落とした。
「忘れていました。カルディナ様、紹介しておきましょう。ミレット=ザンツ様です。近日中にレギアス様の養子となり、エルア家を継ぐ事になります」
「ミレット=ザンツです。レギアス様とカルディナ様のお父上のラース様からお話はうかがっております」
カインはカルディナの様子に小さくため息を吐くとカルディナにミレットを紹介する。
ミレットはレギアスとラースの関係性を強調するように言い、カルディナへと微笑みかけた。
「レギアス様の養子?」
「……固まったぞ」
「家名で言えばエルア家の方がオズフィム家の方が上ですから、レギアス様とラース様は古くからのご友人でして、家名など気にしていませんが」
「あー、大変だな。権力だ。家名だって言ってる奴は」
ミレットの素性を聞き、カルディナは顔を引きつらせる。
その姿にジークは意味がわからずに首をかしげるとレインが事情を説明した。
ジークは以前にエルト相手に暴言を吐いてしまい、固まっていたカルディナの様子を思い出したようでため息を吐く。
「と言うか、家名で言えばレインの家だってかなりのものなんじゃないの?」
「そうですね。でも、私はラース様に指導を受けた身ですし、身分により態度を変えるなどできませんし」
「……おっさんの部下にいたから見下しているって事? ちっちゃいわね」
フィーナはカルディナがレインをも見下している様子が気になったようでレインに聞く。
レインは苦笑いを浮かべると彼の言葉にフィーナは改めてカルディナの人間性について呆れているのか大きなため息を吐いた。
「家名とか気にしないといけないなら、俺はここにいちゃいけない人間なんだろうな」
「そんなもの気にするなら庶民で良いわ」
「フィーナ、一応、領主の妹の地位を手に入れたんだから気にしてくれ」
ジークはカルディナに対しての嫌味のように言うと、フィーナは賛同を示すように大きく頷く。
しかし、立場的には彼女もカインの肉親として立場のある位置に立っており、カインは大きく肩を落とした。
「カルディナ様、私が作った料理はお口に合いませんか?」
「そ、そんな事はありません。い、いただきます……美味しいです」
にっこりと笑うミレットの表情にカルディナは逆らう事が出来ないのか、手にしていた料理を口に運ぶと彼女の口の中には旨味が広がって行き、予想していた味より、かなり美味しかったようで驚きの声を上げてしまう。
その様子にミレットはくすくすと笑い、カルディナはバツが悪そうに彼女から視線を逸らした。
「……と言うか、今更だけど、そんな立場のある人に毎日、料理をさせて良いのか?」
「そうですね。で、でも、ミレットさんのお料理、美味しいですし、もっといろいろと教えていただきたいです」
「気にしなくて良いですよ。私も好きでやってる事ですしね。それに変に気を使われても困りますよ。それより、早く食べてしまいましょう」
家名で人を判断するような人間が黙ってしまうミレットに食事の準備をさせている事に疑問を抱くジーク。ノエルも同じ事を思ったようだが、最近はミレットに料理を教わっているため、引き続き料理を教えて貰いたいようである。
ミレットはそんな2人の様子に気にする必要はないと笑う。
「それもそうなんだけど……カイン、さっさと本題に入ってくれないか? 空気が重くて面倒だ」
「そうだね。いつまでも隠しているものじゃないしね。カルディナ様」
ジークはミレットの言葉でレギアスの後継者とは言え、自分と同様に平民出身の彼女には特別扱いされる方が居づらい事を感じ取ったようで話を切り上げると、カインに話を振る。
カインはジークの言葉に頷くと遠慮がちに料理に手を伸ばし始めたカルディナの名前を呼ぶ。
「は、はい。カイン様、セス先輩、王都でお2人がすでに跡取りが生まれていると……セス先輩?」
「あ、跡取りなんているわけがありません。まだ、できているかも!?」
「セスさん、少し落ち着きましょうね……まったく、変な事を言わないでください」
カルディナは自分の動揺を抑えつけるように1度、深呼吸をすると王都の街中で聞いた噂話を口に出す。
その噂話は事実より、先に進んでいるため、セスは手に持っていたフォークを皿の上に落とすと勢いよく席を立ち、顔を真っ赤にして否定しようとするが不意の事に弱い彼女は余計な事まで言おうとしてしまう。
ジークはセスの様子に気づき、慌てて席を立つと後ろから彼女の口を手で押さえ、セスはジークの行動に首を縦に振った。




