第431話
「……シュミット様相手でも物怖じしないのがいたぞ」
「いや、流石にあれはいらんな。何より、話が通じないのは困る。それに胃痛の種はエルト様だけで充分だ」
ジークは眉間にしわを寄せたまま、シュミットにカルディナを臣下に加えて見るように言うが、シュミットは首を横に振る。
「だよな。話が通じなくてカインも困ってたし……なぁ、カインとセスさんの事で2人の友人達を呼んだのにおっさんの娘は呼ばれてなかったよな?」
「そうだな。思い込みが激しいようだから話を聞かせなかったのか、聞いた上で認めたくなくて城には来なかったか……」
カルディナの相手をしている時はカインも困り果てているため、ジークはため息を吐くが、王城で行われたカインとセスの事についての報告にカルディナがいなかった事を思い出す。
シュミットはジークの言葉で自分の中にあるカインとカルディナの姿を思い出したようであり、カルディナが王城に現れなかった理由を考え始める。
「……おっさんの娘がカインの婚約者だと騒ぎたてているだけで、カインの友人とも認識されてなかったんじゃないか? おっさんがカインの才能に気づく前にすでに2人の友人達はカインとセスを生温かい目で見てたから、おっさんやおっさんの娘が何と言おうと認めていなかったから、呼ばれもしなかったんじゃないのか?」
「確かにその可能性が高いな。カイン=クロークの友人達は純粋に2人の事を祝福していたようだしな。自分の事しか考えないような者達はいないであろう」
ジークの頭はカインとセスに取ってのカルディナはそこまで重要な人物ではないと判断したようである。
シュミットは今日の応接室で盛り上がっていた2人の友人達の姿を思い浮かべたようでジークの言葉に同意を示すと2人の視線は何も知らないカルディナへと向けられる。
「何ですか?」
「いや、何と言うか、色々と残念だなと思ってな。おっさん、本当にもう少し娘の教育をしっかりしてくれないかな? と言うか、会った事ないけど、おっさんの奥さんにかなりの問題があるんじゃないのか?」
カルディナは自分に向けられる憐みのこもった2人の視線の意味がわからずに不機嫌そうな表情で聞く。
ジークは最近、ラースの評価を上げたため、カルディナに問題があるのはまだ会った事のないラースの奥さんのせいではないかと大きく肩を落とす。
「……それもあり得るな」
「そうだよな」
「……先ほどから、何を話しているのですか?」
カルディナは自分を抜かして話をしている2人の姿が面白くないようであり、頬を膨らませるが、ジークとシュミットから言えば、彼女にからまれる理由もなく、既にゲンナリし始めている。
「別になんの話をしてても、関係はないだろ。俺はラング様に頼まれて栄養剤を作ってるんだ。ラング様の息子のシュミット様と話してて、お前に何か関係あるのかよ」
「関係ありますわ。カイン様を陥れようとするそこの小者とカイン様の才能を認める事の出来ない庶民、そのようなゲスの相手など、カイン様の婚約者であるカルディナで充分ですわ」
「知ってるか? コーラッド家のお嬢さんと魔術学園稀代の天才魔術師のカイン=クロークが婚約したって話だぞ。今日、エルト王子に許可を貰いに行ったって」
「婚約? 何を言ってんだ。すでにカイン=クロークの新領地で夫婦仲良く暮らしてるって話だろ。俺は子供が生まれたからエルト王子に名付け親になって欲しいって頼みに来たって聞いたぞ」
「……」
カルディナがジークとシュミットの2人がカインの敵だと叫んだその時、今日の王城でのカインとセスの話はすでに尾ひれが付いて城下町に広まり始めたようで住人達が噂話をしながら3人の隣を通り過ぎて行く。
その言葉にカルディナは何か起きたかわからないようで一瞬、固まった後にジークとシュミットに今の話について聞こうとするが直ぐに言葉は出てこない。
「……真実を教えるのは酷な気がするが、教えた方が良いのではないか?」
「そこまで、俺達が関わる事か? だいたい、婚約者騒ぎもおっさんの娘が1人で言ってるだけだろ。カインもおっさんも困り気味だったからな。それより、俺もそろそろ、フォルムに帰りたいんだけど」
シュミットはカルディナの様子に少しいたたまれなくなったようでジークにカインとセスの事を教えてやるように言うが、ジークはあまりカルディナに関わり合いたくないようでレインを迎えに王城に行きたいと言う。
「へ、平民、いったいどう言う事ですか? 私にわかるように説明をしなさい。カイン様とセス先輩が婚約とはいったいどう言う事ですか!?」
「どう言う事も何も元々、カインが魔術学園に来た時から周りから見ればバカップルみたいだったから、そのままだろ。むしろ、あの2人を見てて気がつかないお前の目が大丈夫かって疑うぞ」
カルディナは少し冷静になったようだが、まだ状況が理解できないようでジークの胸倉をつかみ聞く。
彼女の様子にジークは呆れた様子で大きく肩を落とした。
「そ、そんな事実はありませんわ。セス先輩もカイン様の事など何とも思っていないといつも言っていましたわ」
「ツンデレだからな」
「そのツンデレと言うのはわからないが、それはカイン=クロークの意地の悪さが関係しているのではないか?」
カルディナは認めたくないのか普段のセスの様子を思い出して言うが、ジークはきっぱりと斬り捨て、シュミットはカインがセスをからかって遊んでいる事が問題なのではないかと眉間にしわを寄せて言う。
「いや、カインまで言わないけど、好きな子が落ち込んでる姿や一生懸命、反論してくる姿は可愛いと思うぞ」
「……すまん。そう言う性癖は良くわからない」
どこかカインがセスをからかっている理由がわかるようで苦笑いを浮かべるジークだが、シュミットは理解できないようでジークから少し距離を取る。
「まぁ、婚約をしてきたかは知らないけど、カインがセスさんのご両親に挨拶をしに行ったのは確かだな」
「そ、そんな、平民、私をカイン様の元に案内しなさい。あなたの言葉など信じられませんわ。カイン様から直接、お聞きします」
「断る。俺は俺で忙しい。シュミット様、そろそろ城に戻らないと今度はレインの胃に穴が開くから急ごう」
カルディナはジークなど話しにならないと叫び、興奮しているようで唾を飛ばしながらジークに命令する。
しかし、ジークはカルディナの相手をする気などなく、シュミットに声をかけた。
「そうだな。しばらく、エルト様のそばに仕えていなかったレイン=ファクトには相当のストレスになっているだろう」
「ま、待ちなさい。私の話が聞けないのですか!!」
シュミットはいつまでもカルディナの相手などしていられないため、ジークの言葉に頷くと2人で王城に向かって歩き始め、カルディナは慌てて2人の後を追いかけて行く。




