第422話
「……まったく、エルト様に挨拶をしにくると言う話のはずなのに本人が居ないのはどう言う事だ?」
「仕方ないよ。私に報告するよりはセスの両親に挨拶する方が重要だからね。それに報告だけなら直ぐに済ませる事が出来たのに私の都合で時間を開けてしまったんだから」
シュミットは主役不在と言うおかしな状況に彼の眉間のしわはさらに深くなって行く。
エルトは自分の都合を押し付けてしまった事もあり、シュミットをなだめ始める。
「……これは王子として正しいのか?」
「どうでしょう? ただ、エルト様らしいんではないでしょうか?」
臣下であるはずのシュミットをなだめているエルトと言うおかしな状況にジークは眉間にしわを寄せた。
リュミナはエルトの庇護のもと、王都で暮らし始め、エルト=グランハイムと言う人物に好感を持ったようで柔らかい笑みを浮かべている。
「らしいと言えば、らしいんだけどこれで良いのか?」
「どうでしょうね」
エルトを見て表情を和らげているリュミナの様子に2人の関係が良好なのは見て取れ、ジークとノエルは顔を合わせると苦笑いを浮かべた。
「しかし、これはセスからも話を聞けないかな?」
「いや、流石に本人から報告ないのは不味いだろ……セスさん、お帰り」
「お、お久しぶりです。エ、エルト様」
シュミットをなだめ終えたエルトは友人達に囲まれてもみくちゃにされ、カインとの事を根掘り葉掘り聞かれているセスの姿に苦笑いを浮かべる。
ジークは流石にエルトを蔑ろにするわけにもいかないとセスを連れ戻しに行こうとした時、ボロボロになったセスが戻ってきてエルトに向かい深々と頭を下げた。
「久しぶりだね。セス」
「エルト様、ご報告が……」
「うん。もう良いよ。セスも疲れてるみたいだし、何より、火を見るより明らかだしね」
セスはエルトにカインとの事を報告しようとするが、既に友人達に根掘り葉掘り聞かれたにも関わらず、口に出すのは恥ずかしいようで顔は真っ赤に染まって行く。
彼女の様子にエルトは聞くのも恥ずかしくなったようで楽しそうに笑う。
「し、しかし、そう言うわけには」
「セスさん、良いんじゃないでしょうか? それにどうやらみなさん、お待ちかねのようですよ」
「へ? ま、待ちなさい!? 今はエルト様の御前ですよ!?」
セスは1度、深呼吸をすると真剣な表情をするが、彼女の背後には友人達が回り込んでおり、セスを再度、引きずって行き、応接室にはセスの悲鳴が響く。
「……エルト王子、あれはあれで良いのか?」
「いいんじゃないかな?」
エルト達王族がいるにも関わらず、既に完全に出来上がっている友人達の様子に眉間にしわを寄せるジークだが、エルトは気にした様子もなく、楽しそうに笑っている。
「良いんでしょうか?」
「エルト様が良いと言っていますからね。それにあれだけ多くの方達が祝福してくれているのですから喜ぶべき事でしょう」
「実際、付き合い始めただけで婚約したわけじゃないのよね?」
リュミナは自分とエルトの時にここまで喜んでくれる友人達がいない事を理解している事もあり、少しさびしそうに笑う。
フィーナは盛り上がっている周囲の様子に少しだけ冷静になったようでため息を吐く。
「あれ? 婚約してないの?」
「少なくとも、今日、セスさんの家でそこまで言ってなければ、まだ、付き合い始めただけだな。正式的には」
「見た目で言えば、完全にご夫婦でしたからね」
エルトはすでに話は進んでいる物だと思っていたようで、驚いたような表情をするとジークは言いにくそうに頭をかいて答える。
リュミナは初めてフォルムで2人を見た時にすでに夫婦だと勘違いしていたようで苦笑いを浮かべた。
「カインの事ですから、上手く終わらせてきているかも知れないですけどね」
「セスに聞きたいところだけど、無理そうだよね」
「お酒に弱いなら、そこまで話を持って行けてないんでしょうか?」
「そうかも知れませんね」
レインは無駄な事をしないカインの事だからセスの実家で正式に婚約してきているのではないかと言い、エルトはセスへと視線を向けて笑う。
ミレットはお酒で潰れてしまっているカインの姿を思い浮かべたのか楽しそうに笑っており、ノエルは苦笑いを浮かべた。
「と言うか、これ、収まらなさそうだし、フォルムに帰るか? カインとセスさんは帰って来れるし、テッド先生の手伝いしないといけないし」
「そ、そうですね。元々、わたし達は王都に来る予定もなかったですし」
カインとセスの友人達がバカ騒ぎをしているなか、ジーク達はあの中に入って行く事もできないため、フォルムに戻る事を提案するジーク。
ノエルも同じ事を思っているようでジークに賛同するように大きく頷いた。
「そう言わないでよ。準備をさせた私が言うのもなんだけど、ここまでの騒ぎになると思っていなかったから、カインがいない今、ジーク達がいないと私に居場所がない」
「……エルト様、王子様でしょ」
エルトはジーク達を引き止めるがその言葉は王子としての威厳も何もなく、フィーナは両手に料理を持ちながらため息を吐いた。
「そうは言っても、カインが居ればきちんとまとめてくれると思ったから、パーティーを用意したんだけどね。カインが居ないんだから仕方ない。シュミットはこの騒ぎをまとめられるまで人望がないからね」
「……エルト様、そこは落とす必要がないのではないでしょうか?」
カインが酒に潰れているのはエルトに取っては計算外であり、シュミットに場をまとめて貰おうとも考えたが、集まった面々とシュミットの面識は浅く彼ではまとめる事はできない。
エルトの言葉にシュミットは眉間にしわを寄せており、リュミナは苦笑いを浮かべた。
「でも、カインがそこまで酒に弱いなら、ここでもダメなんじゃないか?」
「いや、カインは酒に弱いから、この場所には酒は準備していないよ。持ちこんでいるかも知れないけど」
「……酒なしで、このテンションもそれはそれで凄いな」
応接室での友人達の様子にいくらカインでも捕まって酒を飲まされてしまうと思ったジークだが、エルトはこの場に酒の用意はしておらず、その事実にジークは眉間にしわを寄せて大きく肩を落とした。




