第412話
ノエルが口を滑らせた後、その場の空気に耐えきれなくなったセスは全力で応接室を逃げ出し、調合を行っていたジークもろとも調合室にカギと魔法でドアが開かないようにして立てこもった。
「……セスさん、そこに陣取られると、すごく邪魔なんですけど」
「黙っていなさい」
「セスさん、ジークさん、開けてください」
ジークは彼女の様子から、ゼイをノエルとフィーナが捕える事ができなかったと思ったようで大きく肩を落とすが、セスは顔を真っ赤にしたまま、ジークを睨みつける。
その時、セスを追いかけてきたであろうノエルが調合室のドアを叩くが、ドアは開く事はない。
「……せめて、誰もいない部屋に立てこもってください」
「う、うるさいですわ」
ジークは調合がキリの良いところにきたようで調合鍋を火から下ろすと、お茶の準備を始め出す。
セスは1人で部屋に閉じこもっているよりは誰かがいた方が良いと考えたようで、あの場にいなかったジークを巻き込んだようであり、先ほどまでフィーナが座っていたイスに腰をおろした。
「開けてください」
「あー、取り合えず、セスさんが落ち着くまで、こっちは任せてくれ。ノエル達はフォルムの代表達が来る前の準備を頼む」
「で、ですけど……わかりました」
ノエルはドアを叩き、2人に呼びかけるがジークはセスを説得しなければドアを開く事ができないと半ば諦めているようでこっちは任せて欲しいと言う。
ジークの言葉に納得ができないようで情けない声をあげるノエルだが、彼女がこの状況を作り上げた張本人でもあるため、しぶしぶ頷く。
「あの、セスさん、ごめんなさい」
「何で、ノエルが謝るんだ? ……あ、ノエルが口を滑らせたか?」
ノエルは1度、セスに謝るとドアから離れて行く。
ジークはゼイがこの状況を作り上げたと思っており、1度、首を傾げるが、セスはノエルの謝罪を聞く余裕もないようでテーブルの上に突っ伏して頭を抱えており、ノエルの謝罪とセスの様子から状況が理解できたようで頭をかいた。
「それで、どうするんですか?」
「な、何がですか!?」
「……何がも何もカインの事でしょう」
ジークはセスの前にお茶を出すと彼女の対面に座り、状況を整理したいようでセスに声をかける。
しかし、セスはまだ冷静に対処などできないようであり、声を裏返すとジークは大きく肩を落とした。
「カ、カイン=クロークの事など私はな、何とも思っていませんわ」
「と言うか、今更の事なんで否定しなくて良いですから」
セスは動揺を抑えようとジークがお茶を手に取るが彼女の動揺は納まる事はなく、カップを持つ手は大きく震えており、ジークは苦笑いを浮かべる。
「で、実際、セスさんはどうしたいんですか? 正直、そろそろ、まとまって欲しいんですけど」
「わ、私は」
「まぁ、落ち着きましょうよ。セスさんの知っての通り。俺もエルト王子にだまし討ちを喰らって、ノエルに告白をしたわけですし、言うなれば、俺はセスさんの仲間です」
「仲間?」
セスに自分も似たような状況で告白した事を話し、仲間意識を持たせようとするジーク。
その言葉にセスはどこか心のよりどころが欲しいようで何度も何度もつぶやく。
「ですけど、ジークとノエルは誰が見ても両想いでした。私とカイン=クロークとは違います」
「……」
しかし、セスはカインが自分の事をスキなどと思っていないようであり、恨めしそうな目でジークを睨みつけ、セスの鈍さにジークの頭には2人をまとめる事を諦めると言う選択肢がよぎったようで眉間にしわを寄せる。
「セスさん、1度、状況を整理しましょうか?」
「何ですか? 急に」
頭をよぎった諦めを振り払うようにジークは首を何度も大きく振り、セスに状況整理を提案する。
セスは自分は状況が理解できていると言いたげに表情をしかめた。
「必要なんですよ。最初に確認をしておきます。セスさんはカインに恋愛感情がある? 変な意地を張らずに素直に答えてください」
「……そうですわね」
「この状況のセスさんを見たら、暴走時のセスさんは飛び付くんだろうか?」
ジークはセスに正直にカインへの気持ちを答えるように言うと、セスは口にする事が恥ずかしいようで顔を真っ赤にしてうつむいてしまい、普段、見る事のないセスのかわいらしさにジークは少しだけぐっと来てしまったようであり、困ったように頭をかく。
「で、セスさんはカインがセスさんを好きだとは思っていないと」
「はい……」
セスはジークに口に出された事で落ち込んでしまったようで彼女の背後にはどんよりとした重い空気がまとい始める。
「どうして、そう思うんですか?」
「考えても見てください。私がこんな状況になっているのに追いかけてきたのはノエルで、カイン=クロークは私を追いかけてこないのですよ。それでどうして私の事が好きだと言えるのですか!!」
セスはどこかでカインが自分を追いかけて来てくれると思ったようだが、カインが自分を追いかけてくる事もなく、そのため、カインが自分の事を思ってなどいないとテーブルを叩きながら主張する。
その顔には今度は怒りの色が浮かんでおり、ころころと変わるセスの表情にジークは苦笑いを浮かべた。
「案外、カインも応接室で固まってたりして……ないか?」
「ないですわね」
「で、ですよね」
カインがセスを追いかけてこない事に理由を探そうとするジークだが、彼もセスも必死になって誰かを追いかけているカインの姿など思い浮かばなかったようで2人は顔を見合わせた後に眉間にしわを寄せる。
「セスさんが魔法でカギをかけるのはわかってるだろうから、カインくらいしか開けられる人間もいないしな」
「開錠魔法は施錠魔法とセットなので基本的に使用した術者以外は開けられないですわ」
「……そう考えると無駄だから、こない可能性が高いな。あいつは効率重視で動く時が多いから」
ジークはカインなら、セスを呼び戻す事ができると思ったようだが、カインの性格では公的な場を重要視する可能性が高く、領主である彼は席を外すわけにはいかない。
「そうですわね……今は領主と言う立場もありますし」
「セスさん、手伝わなくて良いんですか?」
セスは自分が逃げ出してきた事に罪悪感を覚えてきたようで大きく肩を落とすと、ジークは彼女の姿からセスは戻りたいと思っているのがわかったようで苦笑いを浮かべながら彼女の背中を押す。