第397話
「あれ? ジークがいない?」
「カインさん、お帰りなさい……セスさんはどうしたんですか? 一緒じゃないんですか?」
領主の仕事を終えたカインは屋敷に戻ると夕飯が気になったようでキッチンを覗くがいつも夕飯を作っているジークの姿はなく、ノエルとミレットが夕飯の準備を始めている。
不思議に思い首を傾げているとカインに気が付いたノエルはカインに頭を下げるが、セスがいない事に気づき首を傾げた。
「コーラッドさんは今日は疲れたからって、先に汗を流しくるって。レインもフィーナも帰ってきてないみたいだから、浴場が開いてるみたいだしって、それより、ノエル、ジークは?」
「ジークさんはちょっと、考えたい事があるみたいで」
「どこか心ここに在らずと言った感じでしたので部屋に戻っていて貰っています。キッチンは危ないですからね」
テッドに言われた事はジークに取ってはかなり考え込んでいるようであり、その様子にミレットはジークに戦力外を通知したようである。
カインは2人の言葉に少しだけ考えるような素振りをした後に、彼の頭は何があったかだいたいの察しがついたようで小さく表情を緩ませた。
「それは良い事だね」
「そうなんですか? カインさん、どうしたんですか?」
「へぇ、本当に触ると角があるんだね」
カインの表情にノエルはジークが何を考えているのか聞かされていないようで、頼りにされていないと思ったのか寂しそうな表情をしており、カインは彼女を元気づけたいのかノエルの頭を撫でる。
ノエルはカインの突然の行動の意味がわからないようで目を白黒させているが、カインは手に伝わるドレイクの象徴とも言える2本の角の感触に驚いたような表情をしている。
「あ、あのー、カインさん」
「ノエルはジークに頼りにされていないと思っているのかも知れないけど、1人で考えたい事もあるんだ。誰かの意見じゃなく、ジークが悩み、考えないといけない事なんだ。ジークがしっかりと考えて答えを導き出した時、もっといい男になるから」
ノエルはどうして良いのかわからないようであり、その表情には戸惑いの色が色濃く出ている。
カインはその表情に苦笑いを浮かべた後、ノエルにジークに1人で悩ませておくように言う。
「もっといい男? ジークさんは今でも充分にかっこいいです」
「のろ気ましたね」
「のろ気たね」
ノエルはカインの言葉に首を傾げた後にジークの事を誉めるが、その様子にカインとミレットはたまに見えるジークとノエルのバカップルぶりに大きく肩を落とした。
「問題はジークがいつまで悩んでいるかだね。ジークがあんな調子だと、夜の見回りが俺とレインの2人になっちゃうから、面倒だから今晩あたり、襲撃してきてくれないかな?」
「襲撃を望むのは不謹慎な気がしますけど、流石に2人では大変ですね。フィーナさんに参加して貰うわけにはいかないんですか?」
カインは現在、3人で回している深夜の見回りをジークを抜かした場合どうするか考えなければならず、流石に領主であるカインとフォルム周辺探索と言う肉体労働を繰り返しているレインにこれ以上の負荷はかける事もできない。
ミレットもカインの意見には賛成のようで、フィーナに手伝ってもらってはどうかと言う。
「……いや、見回りとかフィーナには無理だから」
「ある種、カインのフィーナへ見せる信頼感は絶大ですね。でも、どうしましょうか?」
カインはフィーナに見回りなどできるとは思っておらず、ミレットはその様子に苦笑いを浮かべると何か手がないかと首を傾げた。
「カイン=クローク、ジークはどうしたのですか? 今日こそ、アリア殿の資料を読み解いて貰わなくては困ります」
「……コーラッドさん、ちょっと落ち着きましょうか?」
その時、汗を流し終えたのかまだ乾ききらない髪をタオルで拭きながらセスがキッチンを覗き込んだ。
彼女はジークの勉強が進んでいない事もあり、今日こそはどうにかすると気合いを入れてきたようでジークを探すが、彼の姿はなく、目的を忘れかけているのではないかと眉間にしわを寄せる。
「私は落ち着いています。それで、ノエルとミレットさんに夕飯の準備を押し付けてジークは何をしているのですか? 呼んできますわ」
「うーん、ジークはテッド先生からの宿題中かな?」
セスはジークが2人に夕飯の準備を押し付けてサボっていると思ったようでジークを呼びに行こうとする。
カインはジークに考える時間を与えたいようであり、セスの手をつかみ、彼女を引き止めた。
「テッド先生からの宿題ですか?」
「そう。本職じゃない俺やコーラッドさんが教えるより、ずっと、ジークのためになると思うけど、それでも邪魔する?」
セスはカインが自分をだますためにまた適当な事を言っていると思ったようで怪訝そうな表情をする。
その表情を見て、カインはセスが何を考えているかだいたいの察しがついたようで苦笑いを浮かべて聞き返す。
「……確かにテッド先生は私やカイン=クロークの知らない知識を持っています。しかし、ジークが読み解こうとしているのは呪いの解除にも近いものです。それなら、私達の知識も必ず必要になると思います」
「まぁ、確かに呪いの解除には近いものがあるんだけどね。今はお願いだからジークに時間をくれないかな?」
「そんな悠長な時間はありません!! 今、この間にもアンリ様の身体は蝕まれているんです」
カインはジークには悩む時間が必要である事を説明するが、セスは聞くつもりもないようであり、カインの手を振り払う。
「何やってるんだ?」
「ジークさん、考え事は終わったんですか?」
その時、騒ぎが聞こえたのかジークが顔を出し、ノエルはジークに駆け寄った。
「あぁ、悪いんだけど、ちょっと、テッド先生の診療所に行ってくる」
「あの、それって、アリアさんの資料ですか? テッド先生に教えて貰うんですか?」
ジークはテッドのアドバイスを受けようと思ったようで彼の手にはアリアの資料が握られている。
しかし、ジークとテッドの間での話を聞いていないノエルはアリアの資料をどうするつもりかわからずに首を傾げた。
「ばあちゃんの資料をテッド先生に預かって貰う。ばあちゃんの資料を読み解くために1度、ばあちゃんから教わった調合方法から離れて見る」
「そうなんですか? へ?」
ジークは自分の出した答えがおかしいのか苦笑いを浮かべる。
ノエルはジークの表情に頷くも、その言葉は信じられないものだったようで間の抜けたような表情をする。
「それじゃあ、ちょっと、行ってくるから」
「ま、待ってください。どう言う事ですか!?」
「そ、そうです。何を言っているんですか!! ジーク、あなたはその資料からアンリ様の治療方法を見つけなければいけないのですよ!!」
ジークは、改めて、テッドのところに言ってくると言うと玄関に向かって歩き出し、意味のわからないノエルとセスは慌ててジークの後を追いかけて行こうとするがカインが2人の首根っこをつかみ、2人を止める。