第394話
「……大きいですね。カインさんの王都のお屋敷もフィルムのお屋敷も大きいと思っていたんですけど」
「まぁ、元々はメルトハイム家が正式な王位継承権を持っていたわけだしね」
「個人の屋敷や地方領主の屋敷と一緒にしないでくれないか?」
メルトハイム家の屋敷に到着するとノエルはその立派な様子に驚きの声を上げた。
そんな彼女の様子にエルトは苦笑いを浮かべ、改めて、この屋敷に住んでいた人間が正式なハイムの後継者だった事を告げ、シュミットはノエルの発言は心外だと言いたいようで眉間にしわを寄せる。
「……」
「ジーク、どうかしたのですか? あなたは薬屋につきながら武芸の腕も秀でていると聞いています。そんなあなたが呆けていては困ります」
「……すいません」
その隣でジークは屋敷を眺めて呆けており、リアーナは次期王位継承者のエルトだけではなく、ライオ、シュミット、リュミナと言うハイムの次代を担う人間達に何かあっては困ると思っているようで緊張した面持ちで言う。
ジークはその言葉に謝るが、心ここにあらずと言った感じであり、リアーナは眉間にしわを寄せた。
「カイン、ジークはどうしたんですか?」
「わかりません。後、こう言うのはノエルに任せたら良いですよ」
ジークとリアーナのやり取りにリュミナは首を傾げており、そばにいたカインの服を引っ張る。
カインも今のジークの姿には首を傾げる事しかできないようであり、ジークが役に立たない事もあるのか細かい事を気にしている余裕はないのか上空には彼の使い魔が飛び回っている。
「ジークさん、ジークさん、お仕事しないとお金は貰わないと決めたとは言え、手を抜いたらダメです」
「あぁ、わかってる。わかってるんだけど……なんだ?」
「ジーク=フィリス、何があったのだ?」
ノエルはジークが今のままでは仕事にならないと考えたようであり、ジークに声をかけると屋敷を眺めていたジークの頬を涙が伝う。
その姿にシュミットは意味がわからないようで眉間にしわを寄せるが、ジーク自身も意味がわからないようで溢れ出る涙を拭うが、その涙が止まる事はない。
「ジーク、何か身体に合わない草花は生えていなかい?」
「いや、そう言うのはないはずなんだけど、ばあちゃんにガキの頃にしっかりと検査して貰ったから、それに何か身体に合わないようなものじゃなくて、身体の中からくるんだ」
ジークの様子にエルトは屋敷の庭に生えている草花が影響しているのではないかと聞く。
しかし、ジーク自身、本職でもあるため、既にそれくらいの事は確認しており、外部からの影響ではないと首を横に振る。
「内側?」
「なんか懐かしいような。でも、悲しくて……俺は王都にだって数回しかきた事ないのに、ここなんか初めて来たはずなのに」
ジークは1度、深呼吸をすると切り替えようと思ったようで首を何度も振った後、意味がわからないと首をひねった。
「本当に初めてなんですか?」
「そのはずだけど、ばあちゃんは魔法の才能がないから転移魔法だって使えないし……俺、おかしいな?」
「いえ、ジークの言う事は何となくわかります」
リュミナはジークにこの屋敷にきたのは初めてかと確認するとジークは首を傾げたまま答える。
その様子にリュミナはにこりと笑うと視線を屋敷に移す。
「私もここには初めて来たはずなのに懐かしさを感じます。胸の奥が温かくなるようなそんな不思議な感じです。私の中にあるハイム王家の血がそう思うんでしょうか?」
「ハイム王家? ……でも、俺に王家の血なんか流れているわけがないだろ」
「そうかも知れませんね。ただ……このお屋敷とジークのなかにある何かが重なったんでしょう」
「重なる何かね? ……意味がわからない。取りあえず、お仕事だ」
「ジークさん、待ってください!? わたしも行きます」
「ジーク、ノエル、カギ持ってかないと開かないから、カイン、カギをくれるかい?」
リュミナもジークとまでいかないものの感慨深いものを感じていたようであり、ジークの気持ちもわかると笑う。
その言葉にジークは意味がわからないと言いたいようで頭をかくと逃げるように屋敷に向かって歩き出し、ノエルは慌ててジークの後を追いかけ、2人の様子にライオは苦笑いを浮かべるとカインからカギを受け取り、2人の後を追いかけて行く。
「ジーク=フィリスにハイム王家の血?」
「シュミット、何か気になる事があるのかい?」
シュミットはジークとリュミナの会話に1つの疑問を抱いたようであり、眉間にしわを寄せて首をひねった。
エルトはシュミットが何を考えているのかわからないようで声をかける。
「……アリア=フィリスの事については私も話を聞いた事はあります。その娘のルミナ=フィリス。その伴侶であるトリス=フィリス。そして2人の血を引くジーク=フィリス」
「うん。ジークの両親については有名人だしね。何が引っかかっているんだい?」
「いえ、名は有名なのですがトリス=フィリスの素性やルミナ=フィリスの父親の情報は聞いた事がないと思いまして……平民だから記録に残っていないだけと言う事だとは思いますが故意にそれを消した人間がいるとしたら、この仮説が正しければ、レギアスがエルト様の命でも話せないと言う事も理解できます。その可能性は低いと思われますが」
シュミットはジークの家族関係について何も知らないと思ったようであり、1つの疑念を抱いたようだが、直ぐに自分に言い聞かせるように首を横に振った。
「シュミット」
「わかっています。平民だからではなく、優秀な人間は……」
「違うよ。シュミット……ジークが誰だろうと友人を信じるのは人として必要な事だよ。王族だから、貴族だからではない」
「そうですね。私はまた間違うところでした。ジーク=フィリスは1人しかいません。それ以上でもそれ以下でもない」
エルトに名を呼ばれ、シュミットは自分がまたジークを見下そうとしていた事に気づき、言葉を飲み込む。
その様子にエルトはシュミットが成長している事が嬉しいようで笑顔を見せた。