第378話
「……近いな。そろそろ、気を付けた方が良いか?」
月明かりがかすかに足元を照らすなか、ジークは戦闘音のする方向に向かって駆ける。
彼の耳に聞こえる戦闘音は確実に近づいており、ジークは1度足を止めると風を確認し、風下の方に向かって回り込む。
「リュミナ様、お下がりください」
「しかし、このままでは」
リュミナ達はオオカミの集団に囲まれている。オオカミ達はまるで狩りを楽しむかのように唸り声を上げながら囲んでいる輪を狭めて行く。
オオカミ達の素早い動きにリュミナを護衛している騎士達は致命傷は避けてはいるもののかなりのキズを受けており、リュミナは護身用に手にしていた短刀を構えるが戦い慣れていないようでその足は震えている。
「オオカミか? 数が多いな。となるともう少し持ちそうだから……」
風下から近づいたおかげで、ジークの目がリュミナ達を発見した時にはオオカミ達は狩りで気が高ぶっているようで目の前の獲物達に集中しており、ジークには気が付いていないようである。
ジークは息を潜めながら、腰のホルダから魔導銃を引き抜くとリュミナ達には悪い事をしていると思いながらもオオカミ達の指揮を執っているリーダーを探そうと思ったようで目を凝らす。
「……あいつか」
1匹のオオカミが咆哮をあげた瞬間、オオカミ達はその咆哮に応えるかのように3匹のオオカミがリュミナを守っている騎士達に飛びかかる。
騎士は剣でオオカミ達の身体を弾き返すと、先ほど咆哮をあげたオオカミが再度、咆哮を上げ、第2波が騎士達を襲う。
その様子にジークはそのオオカミが群れのリーダーであると判断すると魔導銃を構え、引鉄を引いた。
「な、何ですか!?」
「呆けてないで、動けよ」
「は、はい」
魔導銃の銃口からは光が飛び、その光は寸分の狂いもなくオオカミを撃ち抜く。
突然の光りにリュミナは何が起きたかわからずに声を上げる。
ジークは飛び出すと魔導銃でオオカミを撃ち抜いて行く、目の前に現れたジークの精密な射撃にオオカミ達は倒れて行く。
突然の援護者に騎士3人は1人をリュミナの護衛に残し、ジークに撃ち抜かれて機動力を失ったオオカミ達を押し返し始める。
「リュミナ様、ご無事ですか!!」
「リアーナ」
「今、お助けします」
その時、カインとリアーナが駆けつけ、リアーナは大声で彼女の名前を呼ぶとリュミナはリアーナが助けにきた事に安心したのか胸をなで下ろす。
リアーナは腰に差した剣を抜き、騎士達の援護に向かい、オオカミ達を薙ぎ払って行く。
「オオカミか?」
「カイン、遊んでないで手伝え」
「わかってるよ。と言っても、ほとんどやる事なんだよね」
カイン目の前の戦闘に小さくため息を吐くと、ジークは遊んでないで手助けをするように叫ぶ。
しかし、リーダーを失い統率が執れなくなったオオカミ達は戦意を失いかけているようで、徐々に逃走を始め出しており、カインはすでに戦況が傾いているためかやる気はなさそうである。
「ご助力、感謝します」
「いえいえ、困った時はお互い様です」
「……お前、何もしてないだろ」
リュミナはリアーナが連れて来たジークとカインに頭を下げると、カインは当然のことをしただけだと笑う。
ジークはカインはオオカミを追い払うような事もしていないためか、納得がいかない部分もあるようで眉間にしわを寄せる。
「ジーク、無駄話してないで、騎士様のキズの手当て」
「わかってるけど、血の臭いに釣られて、他の獣も来る可能性があるから、さっさと、転移魔法で屋敷に戻らないか? 治療するにも手持ちの薬が少ないんだ」
カインは騎士達の様子にジークに治療を頼むが、ジークとしては長い間、森の中にいたくないようであり、屋敷に戻る事を提案する。
「転移魔法?」
「それもそうだね。リュミナ様、立ち話もなんですので、私の屋敷にご足労お願いします。リアーナ、荷物をまとめていただけますか?」
「は、はい。お願いします」
リュミナは転移魔法について知識がないようで首を傾げる。
カインは耳に届く獣の遠吠えにジークの意見に納得したようでリアーナに荷物をまとめるように指示を出し、リアーナは状況が良く理解できていない様子ではあるが、ジークとカインが協力的な事は理解できているため、3人の騎士達とともに荷物の整理を始め出す。
「これが転移魔法ですか? こんな便利な魔法があるんですね」
「術者が訪れた場所にしか飛べませんが、有効な移動手段ではありますね。こちらにどうぞ」
荷物をまとめた後、カインの転移魔法で屋敷に戻るとリュミナ達は信じられない光景に目を丸くしている。
カインはその様子に苦笑いを浮かべると屋敷の玄関を開け、彼女達を屋敷の中に案内する。
「ジークさん、カインさん、お帰りなさい? ど、どうしたんですか?」
「いや、ちょっと、オオカミ達と戦闘に、まったく、こう言うのは暴力担当のフィーナの仕事のはずなのに」
「誰が暴力担当よ?」
リュミナ達を連れて居間まで移動すると、ノエルが土と血に汚れたジーク達の様子に顔を青くして驚きの声を上げる。
ジークは彼女の様子に小さく表情を緩ませると戦闘は考えていなかったと言いたいのか小さく肩を落とす。
「とりあえず、汚れを先に落した方が良いですかね? ミレット様、準備はできていますか?」
「はい。こちらにどうぞ」
「リアーナ」
灯りの下で改めて、リュミナ達の様子を見ると長い逃亡生活の中でかなり汚れている。
カインはその様子に王女としての格好があると思ったようで、入浴を提案するとミレットは案内を申し出るが、リュミナはカインの提案に乗るべきか判断できないようでリアーナの名を呼ぶ。
「リュミナ様、お言葉に甘えましょう。わずかではありますが、この者達とともに行動させて貰いましたが、私は信じるに値する者だと思います。それに命を助けていただいた者達を疑うのは教義に反します」
「そうですね。申し訳ありませんでした。お願いします」
「いえ、お気になさらないでください。それではこちらです」
リアーナはジーク達は信頼に足る人物だと答え、リュミナは自分の非を詫びるが、ジーク達は誰も気になどしておらず、ミレットはリュミナを浴場まで案内して行く。
「それじゃあ、残りはこっち、ノエル、悪いけど汚れを落とすからお湯を沸かしてくれ。フィーナ、ちょっと薬を取ってくるのを手伝ってくれ」
「ジーク、神聖魔法の方が早くないですか?」
「いや、森の中の植物には毒のある物をあるし、その葉で手を切ってればその医療もしないといけませんから、その時はお願いします」
ジークはリュミナを守りきった騎士達の治療を始めたいようで治療の用意を始める。