第377話
「カイン、今言うのも何なんだけど、俺、フォルムに来てから1度も外に出てないんだよな」
「そう言えば、ずっと、街中で仕事してたね」
リアーナの案内でリュミナが身を潜めている森まで向かう。
すでに深夜のため、木々の隙間から月明かりが漏れるなか、身が軽いジークがランタンを片手に先頭を歩いているのだが、ジークはフォルムに来てからは、調合作業が中心だったためフォルムの外には出ていない事に気づく。
「俺より、歩きなれてるフィーナとかレインの方が良かったんじゃないのか?」
「いや、フィーナは礼儀を知らないから、いきなりリュミナ王女に会わせるわけにもいかないし、レインを連れて来ても良かったんだけど、今は侵入者の警戒もあるし、追手がリュミナ王女の居場所を聞きに来る可能性だってある。そいつらに屋敷を責められたら、防衛戦はジークより、レインの方が上手いだろうしね」
「確かに防衛戦何かはやるような事はないからな……と言うか、防衛戦をやるとしたら人数が少なすぎるだろ」
「……」
ジークは人選に疑問を感じたようだが、カインはしっかりと考えていたようであり、ジークは納得が行ったようで頷いた。
2人の様子はザガードの王女であるリュミナを迎えに行くにしては緩く、リアーナはその様子に納得がいかないようだが自分が手を借りる立場だと言う事を理解しているのか何も言えないようである。
「……」
「どうか……」
その時、ジークは何かに気配に気が付いたようで足を止めた。
リアーナはジークが立ち止まった意味がわからずに声をかけようとするが、ジークは指を口元に当て黙るように指示する。
「……カイン、いくつか怪しい動きをしている奴らがいるって言ってたけど、そいつらはこっちにいるのか?」
「……人の気配でもしたのかい? 一応はこっちにはリュミナ様達以外には怪しい動きをしていた奴らはいないよ。そっちは日中、レインやフィーナ達に優先的に調べて行って貰ってたから、隠れている場所はかなりフォルムからずれている」
ジークは声量を落として、カインに聞くとカインはジークが何かに気が付いたと思ったようで同じように声量を落として答える。
屋敷の中でも言っていたが、カイン自身、使い魔で怪しい動きをしている人間を確認していた事もあり、拠点にしている位置を明確に記憶しているようである。
「……人同士じゃないと思うけどな。たぶん、獣と戦っている剣と剣と言った金属音や魔法が発動しているような気配はないから、リアーナ、リュミナ王女の護衛は何人だ?」
「3人です」
「……2人が前に立って、1人がリュミナ王女を守っているって感じだな。隠れている場所までの距離はまだありそうか?」
「は、はい」
ジークの耳には戦闘音が届いているようだが、カインとリアーナにはまだ何も感じ取れていないようである。
ジークは状況を整理しようと思ったようで、リアーナにリュミナが隠れている位置を聞く、リアーナはまだ距離はあると言うものの、ジークの反応に不安になってきたようで彼女の顔は青くなって行く。
「カイン、俺は先に行く。リアーナの事は任せるぞ」
「あぁ、気をつけろよ」
「待ってください。ジーク、私も行きます」
ジークは距離と聞こえる戦闘音に急いだ方が良いと判断したようでランタンをカインに渡すと夜の闇の中を駆け出す。
リアーナはジークの様子に急がないといけないと思ったようで慌てて追いかけようとするが、既にジークの背中は夜の闇の中に消えている。
「リアーナ、危ないから灯りのない中で歩かない。足場も悪いから、暗闇の中だし、足を取られるよ」
「そ、そんな事を言っても、それにジークだって、灯りがない中でこの森を進むのは危険なのではないですか?」
リアーナは見えなくなったジークの背中を追いかけようとするが、カインはこの状況でリアーナに個人行動をさせては危険と判断したようで彼女を引き止めた。
しかし、リアーナは守るべき主であるリュミナに危険が及んでいる可能性が高いため、気が気ではないようでカインを急がせる。
「ジークなら大丈夫。あいつはこう言う状況になれてるからね。土地は違っても変わらないよ」
「なれてると言っても、リュミナ様が襲われているとしたら」
「大丈夫。さっきも言った通り、リュミナ様達以外にはこの周辺に怪しい動きをしている人間はいないですから、獣が出ていたとしても火を絶やさないで警戒していれば問題はないよ」
「そんな事を言って、リュミナ様に何かあったら、どうするんですか!!」
カインはリアーナの様子から急がせた方が危険だと判断したようであり、ゆっくりと進み始めるがその様子がリアーナの苛立ちを増大させたようでリアーナはカインを怒鳴りつけるとカインを置いて1人で駆け出して行ってしまう。
「……愚直なのも考えものだね。冷静になれないと守るべきものを失う事があるのに」
リアーナの様子にカインは好感は持ったようだが、状況を理解できないのは良くないとも思っており、小さくため息を吐くと早足で彼女の後を追いかける。
「リアーナ様……」
「大声を出さない。わざわざ、そこに獣を連れて行くつもり?」
リアーナは逃亡の中で山道など足場の悪い道を歩いていたとは言え、リュミナを連れてではまだ充分な経験もなく、直ぐにカインに追いつかれてしまう。
彼女は焦りの中から巻き起こる不安を取り払うためにリュミナの名前を大声で呼ぼうとするが、カインは大声を出す事で夜行性以外の獣を起こしてしまい、さらに危険を増やす可能性もあるため、彼女の口を手で塞ぐ。
「そ、それは……」
「その行動で逆にリュミナ様を危険にさらす可能性がある事を考えて欲しいね。少なくとも夜の森の中での歩き方や戦い方は騎士であるリアーナや魔術師の俺より、ジークの方が向いている。獣の戦い方や弱点も知ってるしね。正直、魔族や人族以外ならリアーナは足手まとい」
カインはリアーナの行動が間違っている事を言い聞かせるように言うも、現実的な彼は騎士だろうが使えないものは使えないときっぱりと切り捨てる。
「しかし、リュミナ様を襲っているのが獣とは限らないではないですか? 追手がきているとしたら」
「そんなところに大声を上げて突っ込んだら、それこそ、リュミナ王女の命はないね。それにジークは人同士の戦いじゃないって言った。その可能性は低いよ。それに人同士なら、ジークを囮に不意打ちを仕掛ければ良い」
「お、囮?」
「俺達は騎士じゃないので、正々堂々より、人命優先」
リアーナはカインの言い分が納得がいかないようであり、追手の可能性を主張するが、カインはジークの事を全面的に信頼しているため、追手はないと言い切ると足元をランタンで照らしながら進んで行く。