第372話
「器用なものですね」
「別にこれくらいなら、誰でもできる?」
ジークは屋敷の入口から庭、屋敷の窓に罠を仕掛けて行く。
罠自体は殺傷能力はなく、侵入者の移動力をそいだり、扉や窓が開きにくくするものである。
レインはジークが罠を仕掛ける様子に感心したように言うとジークは道具の関係もあり難しいものを作っているわけでもないため、誰にでもできると答えたかったようだが、直ぐにできない人間が頭に浮かんだようで眉間にしわを寄せた。
「どうかしましたか?」
「誰にでもできると思ったんだけど、ノエルにもフィーナにもできないと思ったんだ」
レインはジークの姿に何かあると思ったようで首をかしげると、ジークは大きく肩を落とす。
「そうですかね?」
「さっきも言ったけど、ノエルは準備している途中で罠にかかる。もしくは罠を仕掛けた後に罠がどこにあるかわからなくなる。フィーナは途中で投げ出す」
「確かにフィーナさんは途中で飽きそうですね」
ジークはフィーナの性格上、罠には不向きだと言う事を理解しており、困ったように頭をかいた。
その言葉にレインも少しだけ納得する部分があったようで苦笑いを浮かべる。
「一応、冒険者だって言うなら、もう少しこう言う事も覚えて貰いたいんだけどな。依頼で貴族や商人の屋敷の護衛だってするんだから……どうかしたか?」
「いえ、王都に住んでいた時に屋敷に罠を仕掛けると言う考えがなかったので」
ジークはため息を吐くとフィーナへの文句を言いながら作業を再開するが、レインが自分の後ろから手元を覗いている事に気づき、首を傾げた。
レインは今まで罠と言う物にあまり触れていなかったようで興味を引いたようであり、苦笑いを浮かべる。
「そうなのか? 騎士の屋敷なんて、金目の物だって多いんだ。盗賊とか入り込んでくるんじゃないのか? どんな警備をしてるんだ?」
「その言い方だとジークも忍び込みたいみたいですよ」
「いや、そんなつもりはないんだけど、まぁ、金もあるだろうから警備兵でも雇ってるよな」
ジークは有力貴族や騎士達の屋敷の警備が気になったようで首を傾げた。
その言葉にレインは小さく肩を落とし、ジークは他意はないと言うと直ぐに答えを出したようでため息を吐く。
「確かに警備兵や屋敷にいる従者達もある程度の戦闘技術を持っていますから」
「……そんなところに忍び込みたくはないな」
「いや、忍び込まないでくださいよ」
ファクト家の屋敷も例に漏れず、警備はしっかりと行われているようであり、ジークは庶民である自分と全然違う場所にレインがいる事を思い知らされたようで大きく肩を落とした。
「さっきも言ったけど、忍び込む気はないって、と言うか、一応、ここだって領主の屋敷なんだぞ。あいつ、警戒心なさすぎだろ」
「確かに警戒心は薄いですよね」
領主と言う立場になりながらも警戒心の薄いカインにジークは問題があると思ったようで乱暴に頭をかく。
その様子からジークがカインの事を心配しているのがわかり、レインは表情を緩ませる。
「領主として問題ないのか?」
「問題はあると思いますよ。でも、フォルム自体は元々、国が大きくなる過程で取り込んだわけですから、我が国の領土ですが、あまり領主だからと言うわけでも無いようです。仲間意識が強いですから、領主として力で抑えつけるより、カインのような領主の方が上手く行くのかも知れません」
レインはフォルムにラミア族の混血が多い事は知らないものの、フォルムの人々の強い結束がある事を理解しているようで、武力や権力を持ってそれを制圧する事無く、フォルムの中に溶け込み始めているカインの手腕を誉める。
「そんなもんか?」
「はい。きっと、それがエルト様の目指したい国造りと重なっているんだと思います。力で抑えつけるだけでは反感を買ってしまい、国として機能がしなくなってしまいますし、カインの事ですから、そう言う事も考えているのではないでしょうか?」
「確かに言い難いけど、俺も田舎の出身だから、王様だ。貴族だって言われてもな。いきなり、知らない奴が領主って言って村の周辺を治めるとか言われても納得はしないかも知れないな。ジオスは一応はアズさん預かりみたいだし、俺達は恵まれてるのか?」
レインはカインの領地運営はエルトの目指す国のあり方に近いと思っており、カインは実験を兼ねているのではないかと言う。
ジークはレインの言いたい事はいまいちわからないようだが、プライドだけが高い領主がアズの代わりにルッケルにきた時の事を考えたようで大きく肩を落とした。
「確かにそうですね。アズ様もエルト様の評価は高いはずですし、王都近くで統治の上手く行っていない場所に領地替えも話に上がったようですが、ルッケルの民からも人気もありますから」
「確かにアズさんは人気あるよな。その割に良い話は聞かないけど」
「まぁ、まだお若いですし、そう言う話はまだなんではないでしょうか。それにルッケルは現在大変な状況ですし、なかなか、そう言う機会もないんでしょう」
ジークはルッケルで冒険者の店兼宿屋を経営しているジルやアズの私兵団から浮いた話が1つもない事を聞かされているせいか、ため息を1つ吐く。
レインは領主の仕事で精一杯なのではないかと苦笑いを浮かべる。
「確かにそれもあるんだろうけど」
「何かあるんですか?」
「いや、最近、カインの転移の魔導機器のせいか、王都やワームに行くたびにいろんな人から、良い縁談を探して来いって言われる」
「それはまた、何と言って良いんですかね?」
ジークの持っている転移の魔導機器については彼が懇意にしている人達は知っているようであり、王都やワームと言った都市から彼女に釣り合う人間を探して来いと耳が痛くなるくらいに言われているようで眉間にしわを寄せる。
レインは家名を残すために王都にある実家では自分にも同じ事が言われているのでは思ったようで顔をしかめた。
「そう言えば、カインとミレット様は悪ふざけだったけど、実際、レインは」
「ジーク、私に罠の仕掛け方を教えてくれませんか? 何かの役に立つかも知れませんし」
「……今、露骨に話を変えようとしたな。まぁ、良いか。取りあえず、簡単なものからで良いか?」
ジークはレインの恋愛事情を確認しようとするが、レインは慌ててジークの言葉を遮った。
その様子にジークは苦笑いを浮かべるとレインに罠の仕掛け方を説明しながら残りの罠を設置して行く。