第367話
「それで、もう1人って?」
「つまみ食いしようとするな。後、せめて、着替えてこいよ」
フィーナはセスを居間に連れて行った後、調理中の鍋を開け、中身を確認する。
その様子にジークはため息を吐くと鍋の中身に手を伸ばしていたフィーナをつかみ、着替えて来いと言う。
「めんどくさい。洗濯物も増えるし」
「洗濯物が増えるって言ったって、ほとんど、ノエル任せだろ。いつまでも冒険者とか言ってるわけにもいかないんだ。せめて、何かしろよ。このままだと嫁の貰い手もないぞ」
フィーナはつまみ食いはこれ以上、無理と判断したようでカインが1人の時に食事に使っているイスに腰掛け、テーブルに倒れ込むように身体を預けた。
その姿は酷くだらしなく見え、ジークは眉間にしわを寄せると家事が一切できない彼女を行く末を心配しているようである。
「それなら、ジークみたいにできる人に貰って貰うから良いのよ」
「お前なぁ、どうして、そんな軽く考えられるんだよ?」
しかし、フィーナはまったく気にする様子もなく、テーブルに突っ伏しており、ジークは頭を抑えると鍋を火から下ろすと彼女の向かい側に座った。
「何よ? これだけ、可愛くて有能な冒険者の私を良い男が放って置くわけないでしょ」
「その自信がどこからくるんだよ。1人でまともに依頼も受けられない半端者のくせに」
「私に釣り合う依頼がないのが問題よね。やっぱり、拠点を変えるべきかな?」
フィーナは身体を起こすと胸を張り、彼女の根拠のない自信にジークは肩を落とす。
しかし、フィーナはジオス周辺での依頼は自分に合っていないと言い切り、拠点の変更も視野に入れ始めたのか首をひねり始める。
「それこそ、家事もできないお前が1人で拠点変更なんてできないだろ。先立つ物だってないんだから」
「……今回、あのクズが私を連れ回してるんだから、依頼料くらいふんだくっても良いわよね。隠し財産を見つけたとか言ってたし」
「それをカインに言えるなら、言ってみたらどうだ?」
「無理ね」
ジークは幼い頃からそばにいるフィーナがいざ、どこかに行くと考えると寂しい気も半分、単純に今のフィーナでは他の場所で生きていける気がしないのが半分であり、無理だと首を振った。
フィーナはジークが言いたい事を理解していないのか単純に資金力不足だと思ったようでカインから依頼料としてかなりの金額を要求しようとしたようだが、直ぐに思いとどまったようで眉間にしわを寄せる。
「だけど、使い魔で隠し財産の事は聞いたけど、襲撃者って本当にくるの? あ、襲撃者に備えてアーカスさんを連れてきて、罠でも仕掛けたの?」
「……アーカスさんの罠か? それは有効な手段かもしれないけど、下手したら死人が出るな。却下だ」
フィーナは増えた1人がアーカスだと思ったようで、襲撃者を捕えるには言い手段だと言う。
その言葉でジークはアーカスを連の罠は有効的だと思いながらも、襲撃者とは言え死人が出るのは避けたいようでアーカスを呼んでくる事には反対する。
「あれ? アーカスさんじゃないの?」
「あぁ、今日、ワームに行ったらな」
もう1人がアーカスではない事に首を傾げるフィーナ。ジークは彼女の様子に苦笑いを浮かべるとワームに連絡係として赴いた後、ミレットをフォルムで預かる事になった経緯をフィーナにかいつまんで説明する。
「ミレットさんね? それも今のところは協力的と……怪しいわね」
「疑いたくなるのはわかるけど、疑うな。今のところは協力者だからな」
「でもさ……」
フィーナはジークの説明を聞き終えた後、簡単に種族の違いなど些細なことだと言い切ったミレットの事が怪しく思えたようで眉間にしわを寄せた。
ジークはフィーナの言いたい事もわかるようだが、ミレットの言った医療を志している者が簡単に命を見捨てないと言う言葉には信じる価値があると思っているようであり、立ち上がると彼女の頭をポンポンと軽く叩き、料理をあたため直し始める。
フィーナはジークに触れられた頭が少し気になったようで右手で軽く抑えると料理を再開し始めたジークの背中へと視線を移す。
その視線は割り切ったとは言っている物のどこか寂しげであるがジークは彼女の視線に気づく事はない。
「遅くなりました。フィーナさん?」
「ん? フィーナ、さっさと汗を流して来い。フィーナが戻ってきたら、夕飯にするから」
その時、タオルで髪の水気を拭きながら、レインがキッチンへと顔を覗かせ、フィーナに声をかけるが彼女の視線に違和感を覚えたようでフィーナの名前を呼ぶ。
ジークはレインの声に気づき、振り返る事なく、フィーナに浴場に行くように言う。
「わかったわよ。ちょっと、行ってくるわ。ジーク、レインが覗かないように見張っててよ」
「だから、覗きません!?」
「ジーク、任せるわよ」
フィーナは自分の表情からレインに何か読み取られたと思ったのか、一瞬、表情をしかめるが直ぐにいつもの表情に戻すとジークにレインを見張るように言うとレインの横をすり抜けて浴場に向かって行く。
「ジーク」
「……覗きに行くなよ」
「行きません。ただ、少し、フィーナさんの表情が気になったので、何かあったのかと思いまして」
レインはフィーナの様子に何かあると思ったようで、彼女と先ほどまで話をしていたジークに原因を聞こうとするが、ジークはその声でレインを疑ったのか振り返り、視線を鋭くする。
レインは覗くつもりはないときっぱりと言うと、フィーナの様子がおかしかったのではないかと聞く。
「別に何もない。フィーナがおかしいのはいつもの事だろ」
「その言い方もどうかと思いますけど、それにジークさんが言うほど、フィーナさんはおかしくないですよ。むしろ、ゼイさんの暴走を良く止めてくれていて助かっています。たまにザガロさんと揉めますけど」
「へぇ、フィーナがゼイをね」
ジークはフィーナの声に何か気が付いていたようではあるが、ノエルを選んだ自分には何か言う資格がない事も、レインが首を突っ込む事ではない事も理解しており、誤魔化すようにため息を吐く。
レインはジークの物言いに大きく肩を落とすと彼を非難するような視線を向け、一緒に仕事をしているフィーナのフォローをし、ジークはレインから聞かされるフィーナの様子が信じられないが、レインが嘘を吐いてまでフィーナをかばう理由もないためか、素直にレインの言葉を信じたようで苦笑いを浮かべた。