第361話
カインが仕事を終えて屋敷に帰ると、居間にはジーク、ノエル、セスの他にレギアスと見慣れない女性が座っている。
「カインさん、お、お帰りなさい」
「……ただいま。レギアス様、このような遠方まで足を運んでいただきありがとうございます」
ノエルはカインに気が付くと、この状況を説明しなければいけないと思ったようで顔を引きつらせ、ジークとセスはカインから視線を逸らす。
3人の様子にカインは小さくため息を吐いた後、表情を戻すとレギアスに対して深々と頭を下げた。
「うむ。息災のようだな。カイン=クローク、フィリムも時間があればお主の顔をみたいと言っていたんだがな。あいつは転移魔法が使えないからな。なかなか、ジーク達がワームにいる時に同行するのは難しい」
「そうですか? 先生の事ですから、元気にやっているのでしょう」
「うむ。元気に鉱山の中を歩き回っているようだ」
レギアスは小さく頷くとカインに世間話を振り、2人の共通の知り合いであるフィリムの話になる。
その様子にジークは一時的でも、身の安全が確保されたと思ったようで胸をなで下ろすが、その瞬間にカインから鋭い視線が飛び、直ぐに身体を強張らせる。
「カイン=クローク、ジークをそう睨みつけるな。私にも考えがあってフォルムまで足を運んだんだ」
「そ、そうだぞ。レギアス様が出てきたんだ。俺達が断れるわけがないだろ」
「そ、そうです。私達では判断できなかったため、このような事になってしまいました」
カインの怒気にレギアスは気が付いたようで苦笑いを浮かべて、ジークとカインの間に割って入る。
レギアスからの助けにジークは顔を引きつらせながら、自分は悪くないと主張し、ジークと同じものを感じていたセスは大きく頷いた。
「カイン=クロークも状況がつかめないと話にならないだろう」
「レギアス様は薬草や医療に関して博識ですから、その者にフォルムで隣国の医療知識を学ばせ、国の医療に役立てたいと思っているんでしょう」
「ふむ。確かにフィリムやラースの言う通り、頭の回転は速いようだ」
「……わかってるなら、俺達に変な圧力をかけるなよ」
レギアスはカインに自分がフォルムを訪れた理由を話そうとするが、カインは自分の中にあるレギアスの情報からすでに彼の目的を導き出している。
カインの言葉にレギアスは感心したようで頷くが、ジークは納得がいかないものがあるようで眉間にしわを寄せた。
「この方はレギアス様のお気に入りと言う事でしょうか?」
「そうだな。私は跡取りがいないから、何もなければこの者を私の後を継がせようと思っている。カイン=クローク、お主は知っていて聞いているのではないのか?」
「いえ、流石にそこまではわかりません」
カインはレギアスの隣に座る女性へと視線を移し、彼女について聞く。
その問いにレギアスはカインの目を真っ直ぐに見て答えるとカインはわざとらしく両手を広げて知らないと言う。
「そうか。それなら、紹介しよう。ミレット」
「はい。ミレット=ザンツです。レギアス様の下で薬学を学ばせて頂いています。カイン=クローク様、お会いできて光栄です」
レギアスは女性に自己紹介するように促し、『ミレット=ザンツ』はカインに向かい、深々と頭を下げた。
「カイン=クロークです……レギアス様、ミレット様、フォルムで隣国の医療について学ぶ機会を得たいとの事ですが、国境周辺と言う地理的な問題もありレギアス様の後を継ぐ方をお預かりするわけにはいきません」
「そう、事を急ぐ必要はない。それにミレットは元々、お主達と同じ平民出身で気にする必要はない。この場所が危険だと言う事はジーク達からも聞いている。隠し財産を狙って、賊に監視されているようだしな。それにミレットは私の後を継ぐもの、襲撃くらいは跳ね返して貰わねば困る」
「レギアス様、すいません。1度、席を外します」
カインは1度、頭を下げるが、フォルムにはラミア族との混血が多く住んでいる。
フォルムの民達の秘密を外部に漏らすわけには行けない事もあり、カインはレギアスの頼みには答えられないと首を横に振った。
ジークやセスもワームでレギアスに思いとどまるようにと説得したようだが、レギアス自身は危険な場所でミレットの成長も考えているようで豪快に笑い飛ばしてしまう。
その様子にカインは2人を追い払う方法を考え始めたのか、眉間にしわを寄せるとレギアスに頭を下げ、ジークとセスに目で合図を送り、2人を連れて居間を出て行く。
「カイン、やっぱり不味いよな?」
「当然だ。ジークとノエルだけなら、押し切られると思ってたから、コーラッドさんも付けてたのに、まさか、本人まで付いてくるとは」
「私だって、このような事は考えていませんでしたわ」
カインは転移魔法だけではなく、考えがあってセスをジークとノエルに同行させるようにしていたようだが、レギアス本人が出てきた事で事前に打っておいた防衛策は簡単に突破されてしまったようで、彼の顔には珍しく焦りの色が見えている。
セスは予想外の展開でどうして良いのかわからないのか大きく肩を落とし、必死に新しい策を探そうとしているようだが、簡単に策など出てこない。
「一先ずは、時間を稼ぐしかないのか? こちらとしてもレギアス様の後継者を預かるとなると色々と準備をしないといけないとか言って」
「そんなもので誤魔化せるような人間じゃないだろ……それに、裏で糸を引いている人間がいそうで何を言っても上手く誤魔化されそうな気がするんだよな」
「確かに、フィリム教授とレギアス様はご友人ですから、カイン=クロークの手口はすべてレギアス様にばれている気がします」
ジークは時間稼ぎを提案するが、カインとセスはカインの師であるフィリムが何かを企んでいる可能性が否定できないようで眉間にしわを寄せている。
「フィリム=アイ教授ね……性格は良くなさそうだったよな?」
「そうですわね。このカイン=クロークの師ですから性格は悪いでしょうね」
「まったくだね。レギアス様はフォルムには来ていないと言っていたけど、このやり取りをどこかで見ているような気がしてならないんだ」
ジークは1度、会った事のあるフィリムの顔を思い浮かべたようでその時の事を思い出したのか眉間にしわを寄せる。
カインとセスはジークの意見におおむね賛成のようでレギアスの背後にいるであろうフィリムの影から何かを推測しようとしているようだが2人の会話からは明確な答えが見つかるわけでもなく、手詰まり感は否めない。