第357話
「今更なんだけど、俺達ってばあちゃんの資料を読み解かないといけなかったんじゃなかったか?」
「そ、そうですね。カインさんはジークさんにおばあ様の考えを教えてくれると言っていましたけど、領主のお仕事でお忙しそうですし」
ジークとノエルはテッドの診療所の手伝いをしているとジークはふとアンリの症状について思い出したようで首を傾げた。
「単純に人手が欲しかっただけじゃないだろうな」
「その可能性も否定できないです」
ジークはため息を吐きながら薬瓶を薬品棚に戻し、ノエルは苦笑いを浮かべる。
「そう言えば、ジークくんはお祖母さんの残した資料を解読しないといけないんでしたね」
「そうなんですけど、恥ずかしい事に魔法式とか魔法治療とかの知識がなくて、カインもセスさんも元々、医療系の魔法を覚えているわけじゃないから」
テッドは少し前に帰った患者の症状を書き記しながら首を傾げると、ジークは困ったように笑う。
「テッド先生は薬品だけじゃなく、治療魔法も使うんですよね?」
「そうですね。この周辺では薬が高価で使えないものも多いから、治癒魔法で治療できるものはね。ただ、治療魔法は病気の治療と言うよりはケガの治療が主ですからね」
ノエルはリックの診療所に比べて、薬品棚に薬が少ない事やテッドがケガの治療を魔法を使っている姿はリックの診療とは異なり、テッドに質問をする。
テッドは病気は薬、ケガは治癒魔法と分けて治療しており、くすりと笑う。
「ウチの村も似たようなもんか、最近は村の連中はケガしたらノエルの治療魔法をあてにしてるところがあるからな……それもただで」
「す、すいません!?」
「まあ、治癒魔法は元手がない分、診療費を取りにくいですからね」
ジークはノエルが治療を行う事で、キズ薬などの売り上げが落ちている事を思い出したようで大きく肩を落とす。
ノエルはジークの落ち込み方に慌てて頭を下げると、テッドは2人の様子が微笑ましく思えたようで優しげな笑みを浮かべた。
「そうなんですよね。それに俺は医師でもないし、専門的な事はわからないからな。治療報酬もわからないし、カインの魔導機器で危ないと思ったら、ルッケルまで飛べるからな……その分、リック先生が死にそうになってるけど」
「少ない村とは言え、1村分の患者さんが増えたわけですしね」
ジークとノエルは医師としての知識がない事もあり、わからない事はリックに丸投げしているようで、いつにもまして死にそうなくらいに働いているリックの姿を思い浮かべて苦笑いを浮かべる。
「そうですか。それなら、ジークくんがもっと知識を増やせば良いんではないでしょうか? 医師と言っても人々の治療を行えれば良いのですから、薬の知識はお祖母さん譲りで、そこら辺の医師を名乗る者達にだって負けてはいないと思いますよ」
「それは言いすぎだと思いますけど……俺、勉強嫌いだから」
テッドはジークと治療薬の話をした事で、ジークの知識に感心しているようでジークに医師を名乗る事を薦めるが、ジークはあまりピンと来ていないのか困ったように頭をかく。
「あのお医者さんって、学校で学ばないといけないんじゃないですか?」
「確かにルッケルのように医師達の学校があって、医師を育ててる場所もあるけど、辺境近くじゃ、先達から教わるのが主だからな。基本的に医師って言ったもん勝ち。調合師も一緒、だから、薬も治療に関しては多くの土地で独自に発展している物も多い。そう考えると治癒魔法は共通だから、覚えれば良いんだろうけど」
医師や調合師には明確な基準がないようであり、ジークは苦笑いを浮かべる。
「だけど、テッド先生、フォルムはテッド先生しか医師がいないんですよね? この先、大丈夫なんですか?」
「そこは困っています。国境も近いですから、望んでこんなところに来てくれる若者もいませんし」
ジオスまでとはいかないがフォルムも若者が不足しているようで、医師を継ぐ者はなく、テッドは困ったように笑う。
その表情には新しく医師をしたいと言う人間が出て来てもフォルムと言う、魔族の混血が多い場所では簡単に後継を育てられないのが目に見える。
「困りましたね」
「そうですね。ただ、カイン様やエルト様のようにフォルムのような場所の事を考えてくれる者がいる、偏見も何もない医師がフォルムに来てくれるまでこの老いぼれも頑張らなければいけない」
テッドはカイン達に協力する事がフォルムの人達の命や健康を守る事だと理解しているようで協力する事を決めたようである。
「フォルムに医師か? レギアス様なら協力してくれそうなんだけど、混血の事をどう伝えるかなんだよな」
「そうですね。レギアス様が協力してくれると良いんですけど、レギアス様は魔族に偏見って持っているんでしょうか?」
「どうかな? ばあちゃんの考えを継いでいるなら、直ぐに頷いてくれるかも知れないけど……結局は共存して行って言い始めたのは俺達だし、ばあちゃんが魔族についてどう考えてたかもわからないから、何とも言えないんだよな」
「そう考えると話すのは危ないですよね?」
困ったように頭をかくジークの頭には直ぐにレギアスの顔が浮かんだようだが、魔族と人族の中にある偏見をぬぐい切れていない事もあり、レギアスの考えがわからずにジークとノエルは頭を悩ませ始める。
「レギアス様と言ったかな? 1度、会ってみたいね。2人がそこまで言うなら、相当の人格者なんだろうね。まぁ、しばらくは頑張るさ。それまではお手伝いお願いしますよ」
「はい」
「まぁ、俺達もテッド先生に協力して貰ってるし」
テッドは改めて、ジークとノエルに診療所の手伝いをお願いするとノエルは大きく返事をし、ジークは素直に返事をするのが照れくさいのか、あくまでも協力して貰っているからだと視線を逸らして言う。
「ジークくんは素直じゃないですね」
「はい。少し困ってます」
そんなジークの姿にテッドは苦笑いを浮かべ、ノエルは小さくため息を吐き、2人の言葉にジークはバツが悪いのか頭をかいている。