第343話
「社交界のマナーの勉強ですか?」
「そう言う事、正直、フィーナに覚えられると思っていないけどな」
ジークは調合道具を並べながらレインに先ほどの事を説明すると、うるさいと言われてカインに沈められたフィーナへと視線を移し、苦笑いを浮かべた。
「でも、必要な事だとは思いますよ。カインの立場もありますけど、現在、ジーク達はエルト様お抱えの冒険者としてごくわずかの耳が早い者達に目を付けられていますから、そう言う場に招待される事もあると思います。フィーナさんだけではなく、ジークやノエルさんも1通り、マナーは覚えておいた方が良いんじゃないでしょうか?」
「俺は冒険者じゃないから」
レインは少し考えるとカインの意見に賛成し、せっかくの事なのでジークやノエルにも覚えるように言うが、ジークは冒険者扱いされた事に不機嫌そうに眉間にしわを寄せる。
「レイン=ファクト、ジークに冒険者と言ってはダメですよ。それを言うとジークはへそを曲げます。話が進まなくなります」
「そうなんですか?」
2人の会話が聞こえたようで、セスがレインにジークと会話をする上でのアドバイスをするが、レインはそこまでジークが嫌がる理由がわからないようで首を傾げた。
「この間、シュミット様の額に魔導銃の銃口を向けていましたわ」
「ジーク、それはずいぶんと愉快な事をしたね」
「ゆ、愉快な事じゃありませんよ。カインさんからも何か言ってください」
セスは多少、話はずれてはいると思いながらも、ジークがキレてしまうと問題があるため、シュミットとのやりとりを出す。
セスの言葉がカインにも聞こえたようで、カインは楽しそうに笑うがノエルは笑い事ではないと首を横に振り、カインにジークに何か言って欲しいと言う。
「そうだね。ジーク、殺るなら表で殺ったらダメだよ。裏で証拠を残さないように殺らないと」
「確かにそうだな。魔導銃なら、しっかりと狙えば長距離でも1発で仕留められたはずだったな」
カインはノエルの言葉に頷くと、ジークに言い聞かせるように言うが、その方向性はノエルやセスが望んだ物とは真逆のものである。
しかし、ジークはカインの言葉にどこか賛成してしまったようで魔導銃を腰のホルダから抜き取ると小さく笑みを浮かべ、その目には怪しい光が灯っている。
「そっちではありません!? カイン=クローク、あなたはいったい何を教える気ですか!!」
「ジ、ジークさん、落ち着いて下さい!? 魔導銃をしまってください」
セスはジークの様子に危険なものを感じたようで声を上げ、ノエルはジークの腕に抱きつき、彼を止めようとしている。
「カイン、どう言う事ですか?」
「見たまま、ジークは両親の話をされるのと冒険者として扱われる事が大嫌いだから、なんか、ライオ様に巻き込まれてからか悪化してるね。落ち着け」
ジークの様子にレインはまったく意味がわからないようで眉間にしわを寄せると、カインはおかしな方向に成長しているジークの様子に苦笑いを浮かべると、ジークの背後に回り、彼の頭にげんこつを落とし、ジークはその痛みに床をのた打ち回る。
「何するんだよ!?」
「落ち着け」
ジークはしばらく床を転がった後、こめかみに青筋を浮かべてカインを怒鳴りつけるが、カインは一言だけ言い、ジークは何か言うとフィーナと同じ目に遭う可能性が高いため、不機嫌そうな表情をしながら言葉を飲み込む。
「カイン=クローク、あなたが言う事ではないと思いますよ」
「そうですね。ジークさん、カギ、落としましたよ。大切なものなんですから」
「あ、悪い」
ジークとカインの様子にセスは眉間にしわを寄せるが、ノエルはこの2人のやり取りにどこか慣れてきたようで苦笑いを浮かべるとジークの懐からレギアスから預かったカギが落ちた事に気が付き、カギを拾う。
「大切なもの……ノエルの部屋のカギか? 別に止めはしないけど、寝室の手入れは自分達でするように」
「ジーク=フィリス、おかしな事をしたら、殺しますわ」
「ち、違います!?」
カインはカギと言う事もあり、下世話な勘ぐりをすると、大人になったジークへと優しい視線を向ける。
セスはカギが何か知っているにも関わらず、カインの言葉を聞いたせいか、おかしな殺気を放ちはじめ、ノエルは顔を真っ赤にして否定する。
「レギアス様から、屋敷の離れのカギを預かったんだよ。薬の調合に関する資料があるから、好きに使えって、セスさん、その場にいたんだから、おかしな事を言わないでください」
「そう。レギアス様、ジークをどうにかしようとしてるのかな? 娘と縁を結ばせたりして」
「だ、ダメです。ジークさんは誰にもあげません!!」
「うん。なんか、ごちそうさま」
ジークはカギに付いて説明するとセスに落ち着くように言う。
カインはレギアスがなぜ、ジークをここまで買っているのかわからないようで、彼の行動に何か裏があると思ったのか、1つの考えを口に出す。
カインの考えはノエルにとっては絶対に譲れないものであり、ジークの腕をしっかりと抱きしめ、ジークは自分の大切な人だと主張し、彼女の姿に見ている側の方が恥ずかしくなってきたようで、カイン、セス、レインの3人はジークとノエルから視線を逸らした。
「ノエルさんも安心してください。確か、レギアス様には世継ぎがいなかったはずです。仮にそう言う事を考えているなら、ジークを養子にするくらいでしょうし」
「養子? それはないだろ」
「いえ、わかりませんわね。レギアス様はジークの事が気に入っているのはわかります。それにアリアさんを尊敬しているのは誰の目から見てもわかります。そう考えると、考えられる事ですね」
レインはノエルに落ち着くように言うとレギアスに子がない事を伝え、仮にカインが考えているようなら、ジークを養子にする気ではないかと言う。
ジークは現実味のない事のため、頭をかくがセスはレギアスの様子から否定できないと思ったようでレインに同意を示す。
「カイン」
「そうだね。ジークもフィーナと一緒にコーラッドさんから、マナーを教えて貰った方が良いね」
ジークはおかしな話になった事もあり、眉間にしわを寄せてカインに助けを求めるが、カインは楽しそうに笑っている。