第342話
「転移魔法、便利だな」
「そうですね。魔導機器は荷物制限がありますから」
ワームからセスの転移魔法でフォルムに戻ると領主の仕事場の空き部屋だった場所にジークの店から調合道具一式が運び込まれており、ジークとノエルは改めて、転移魔法の便利さに感心したように頷いている。
「ジーク、ノエル、帰ってきたなら、見てないで手伝う。配置とかはジークの使いやすいようにしないといけないんだから」
「わかってる。だけど」
「だけど、何よ? 突っ立ってないで、荷物を運びなさいよ」
カインは3人が戻ってきた事に気づき、ジークに声をかけると無理やり手伝わされているフィーナは不満げな声を漏らし、ジークを睨みつけた。
「睨むな。それより、カイン、もっと手狭な部屋はないのか? こんな広い部屋だと落ち着かないんだけど」
「ジークの調合室は狭いからね」
「そう言われると、ムカつくな」
ジークは部屋の中を見回し、自分の調合室の広さとの違いに戸惑っているようで頭をかく。
カインは今の部屋と比べて、ジークの店の調合室は狭いと言い切り、ジークは眉間にしわを寄せた。
「広いなら、もう一式、調合道具を置くって手もあるぞ。ここで調合師の交流会をすれば良いわけだし」
「交流会ね……カイン、それなんだけど」
「何?」
カインはフォルムの調合師との交流会をこの部屋でやれば良いと言うと、ジークは何かあるのか部屋の中を見回し、レインがいない事を確認してからカインに話があるようで彼を呼びよせる。
「その交流会って、魔族の血と知識を受け継いでいる調合師から、魔族に使用できる薬草類を学べってところか?」
「あれ? 自分で気が付いた。それもこんなに早く」
ジークはレギアスの話でカインが調合師の交流会の意味に気付いたようで、カインに確認すると、カインは純粋に驚いているようで感心したように頷く。
「何か、バカにされてる気しかしないんだけど」
「いや、誉めてる。誉めてる。だけど、よく気が付いたな」
「まぁ……嘘を吐いても仕方ないから、白状する。レギアス様が、フォルムは国境近いから隣国の調合方法も聞けるって、言われて、フォルムの状況とお前の性格を考えたら、それしか思い浮かばなかった」
カインの態度にジークは納得がいかないようで眉間にしわを寄せるが、カインはジークをバカにしているつもりはまったくなかったようで苦笑いを浮かべた。
ジークは隠しても仕方ないと思ったようで簡単に白状すると、1人では無理だったと白旗を上げる。
「レギアス様ね」
「何だよ?」
レギアスの名前にカインは何かあるのか、小さく首をひねる。
あまり見ないカインの様子にジークは何か違和感を覚えたようで首を傾げた。
「何か、ジークから話を聞いてると俺が今まで持っていた印象と違うんだよね。何か、煮ても焼いても食えないような人に思えてきた」
「……お前には言われたくないだろうな」
カインは自分の師であるフィリムを通して、何度か、レギアスと面識があるためか、その違和感を言葉に出すが、ジークはカインに言う資格はないと大きく肩を落とす。
「まぁ、良いか。現状で言えば、こちら側に協力的な人間だし、下手に疑うのは止めておこう」
「疑うなよ。悪い人じゃない」
「そうです。レギアス様は良い人です」
カインは話をここで止めようとするが、レギアスに好感を持っているジークとノエルはカインをジト目で睨む。
カインはあまり面識がないはずの2人がこれほど、レギアスを信頼している事に小さく表情を和らげる。
「3人とも遊んでないで、働いたら、どうですか? だいたい、ジーク、あなたの仕事場を準備しようとしているんです。あなたが遊んでいてどうするんですか?」
「そうだね。遊んでると終わらないだろうし、ジーク、ノエル、始めるよ。物を運ぶのはバカ力担当のフィーナがやるから、どこに物を置くか指示を出して」
セスは3人が話し込んでいる姿を見て、作業が一向に進んでいない事もあるためか、ため息を吐くと、カインは話はここまでと両手をパンパンと2度叩き、ジークとノエルに指示を出すように言う。
「誰が、バカ力担当よ!!」
「フィーナしかいないだろうな」
「何を言ってるのよ。私はか弱い女の子よ!!」
「か弱い女の子は人の胸倉をつかまないから」
フィーナはカインの言葉に納得がいかないようで声を上げると、ジークは苦笑いを浮かべた。
フィーナはジークにまで言われてしまった事に納得がいかないようで彼の胸倉をつかむが、その様子からは彼女の主張するか弱い女の事は対極である。
「フィーナ、ジーク、遊んでないで働く。後、フィーナ、自分でか弱いって言うなら、もう少し礼儀正しくなって、婚約者でも見つけてくれ。仮にも領主の妹なんだから、社交界とかに呼び出しを受けるかも知れないんだからな」
「しゃ、社交界? な、何を言ってるの? そんなもの、私が出る必要ないでしょ」
カインはフィーナが望まなくても、表舞台に引っ張り出される事もあるため、立場も考えてくれと言うが、フィーナは聞きなれない言葉に顔を引きつらせた。
「そうだ。コーラッドさん、この愚妹が、そう言う場に出ないといけなくなった時に1通りの事ができるように協力して貰って良いかな?」
「そうですね。確かにカイン=クロークの立場を考えれば必要な事ですね。ダンスも必須ですが、ジークが踊れるとは思えませんから、カイン=クロークが練習相手になるんですか?」
「相手役はレインかな?」
カインは今の状況で頼める人間がセスしかいない事もあり、彼女に頭を下げるとセスはカインとフィーナを交互に見た後に頷くと、レインがいない間に彼の仕事は増えて行く。
「レイン、また、おかしな事に巻き込まれてるな」
「そ、そうですね」
「ちょっと待ちなさいよ。何で、私がそんな事をしないといけないのよ!?」
カインとセスの間で進んで行く話し合いにジークとノエルは顔を見合わせた後に大きく肩を落とした。
フィーナは自分に似合わない事も理解しているようで無理だと声を上げる。
「言っても聞かないだろ」
「何の話をしているんですか?」
声を上げているフィーナの様子にジークは言うだけ無駄だとため息を吐いた時、ドアが開き、レインが部屋に入ってくると部屋の中の騒ぎように首を傾げた。