第341話
「そうか、フォルムに行っているのか?」
「まぁ、何と言うか、流されて」
持っている魔導機器ではフォルムに戻れない事もあり、ノエルとセスと一緒にアズからルッケル側の報告書を預かり、ワームのオズフィム家の屋敷を訪れる。
屋敷を訪ねるとタイミング良くレギアスもおり、応接室でフォルムにいる事をラースとレギアスに報告するとラースは眉間にしわを寄せているが、レギアスは良い事だと思っているのか表情を和らげている。
「……そんな事をしていて、アンリ様の方は大丈夫なのか?」
「わかりません」
「わかりませんではない。お主達は今の状況が理解できているのか」
ラースはジークがアリアの残した資料を解読するために時間を無駄に使えないと思っており、眉間にしわを寄せたまま聞くが、セスはカインの思惑がどこにあるのかつかめていないため、首を横に振った。
ラースはアンリの体調を考えて遊んでいる時間はないとテーブルを思いっきり叩くとジークを恫喝し、応接室の中は空気は重くなる。
「ラース、落ち着け。仕方なかろう。カイン=クロークはフィリムの弟子なのだから」
「それはわかっているが、だからと言って落ち着いてなど、居られるか。まったく、あのキツネは次から次とおかしな事を、状況が理解できているのか?」
レギアスはラースの様子に苦笑いを浮かべながら、彼をいさめるが、ラースの腹の虫はおさまらないようで、カインへの文句を漏らす。
「状況は理解できてるだろうな」
「はい。きっと、誰よりも」
しかし、カインが状況を理解していない事などあり得ないと応接室にいた誰もが思っており、応接室は微妙な空気が漂い始める。
「まぁ、あの男なら、考えがあっての事だろう。一見、無駄にしか見えないような事もやっているようだが、最終的には無駄なものはないようだからな。しかし……フォルムでジークとフォルムの調合師達と交流会のようなものか? それは少し見てみたいものだ」
「そうですか? いきなり、言われて、俺はどうしたら良いものかと思ってるんですけど」
レギアスはこれ以上はカインの行動に文句を言っても仕方ないため、話を変えようと思ったようでカインがジークのために用意したであろう調合師達の話し合いの事に焦点を合わせる。
ジークはカインの意図がわからない事もあり、何を話して良いのかわからないようで乱暴に頭をかく。
「別に何かをしようと気を張る必要はなかろう。友好を深める事、そして、ジーク、お主が知らぬ技術を教えて貰えば良い。同様に、お主が伝えられる技術を教えてやれば良いのだ。国境が近いと言う事は隣国での調合方法などが伝えれてるものもあるだろう。それを学び、お主の薬に活かせるようになれば良い」
「なるほど、そう言う考えもあるのか……確かに俺の知らない技術も知ってそうだよな」
レギアスはフォルムの調合師達から多くの事を学ぶように言うと、カインがフォルムと言う土地でジークに何を学ばせようとしているのかおぼろげながらその姿が見えてきたようで苦笑いを浮かべた。
「ジーク、何を笑っているのですか? 確かにフォルムで学ぶ事もあるかも知れませんが、あなたにはやるべき事があるのですよ」
「おう。そうであった。今日は私はジークがワームに来た時に渡そうと思っていたものをラースに預けに来たのであった。ちょうど、良かった。今日、フォルムに持って行くと言い、その交流会でも役に立つだろうからな」
セスはフォルムで学ぶ事より、先にアリアの資料を解読する事が重要と思っているようでジークを睨みつける。
そんなセスの様子にレギアスは何かを思い出したようで、応接室の隅に控えていた従者を呼び寄せると何か指示を出し、従者は頭を下げた後に応接室を出て行く。
「何かあるんですか?」
「この間、エルト様がいらした時にお主に私が持っていた辞書や資料を譲ろうと話をしたではないか、全てを持ってくるのは無理だが、アリア殿の資料を解読するのに必要そうなものを数冊、後はジーク、お主にこれを渡そうと思ってな」
「カギ?」
レギアスは先日の約束を果たそうと思ったようであり、従者に約束の品を取りに行かせたようだが、それ以外にイタズラな笑みを浮かべるとジークの前に1つの小さなカギを置く。
目の前に置かれたカギの意味などジークにわかるわけもなく、首をひねる。
「私の屋敷の中にある離れのカギだ。そこには私が集めた薬学の資料や、私以外にもアリア殿の弟子と名乗る者が新たに発見した調合方法をまとめた資料がある。私が不在でもそのカギを屋敷の者に見せれば、そこに通すように指示を出してる。私はこれでも多忙なのでな。屋敷の場所はラースに聞いてくれ。ラース、すまないが、私は公務に戻るぞ」
「もうそんな時間か? 屋敷の場所はワシが責任を持って教えておこう」
レギアスはカギについて簡単な説明をすると、ここまでの物を預けられる意味がわからないようでジークは顔を引きつらせる。
そんなジークの姿にレギアスは小さく笑みを浮かべると、残りの説明をラースに任せ、応接室を出て行く。
「な、なぁ、おっさん、セスさん、俺、こんなものを預かって良いのか?」
「わ、私には理解しかねます」
ジークはレギアスが置いて行ったカギへと視線を移すと、レギアスがここまでの事をしてくれる理由がわからないため、顔を引きつらせたまま、ラースとセスに尋ねる。
セスもジークと同様に現状の理解ができないようで、眉間にしわを寄せて首を横に振った。
「レギアスが持っていろと言うのだ。小僧、お主が持っていれば良い」
「だとしても、いくら、レギアス様がばあちゃんの弟子だと言っても、ほとんど、面識のない俺を信じすぎだろ。もちろん、変な事をするつもりはないけど」
ラースはジークの反応は当然の事だと思いながらも何かあるのか、レギアスの意思を尊重するべきだと言う。
ジークはどこかでラースなら反対してくれると思っていたのか、彼の言葉にどうして良いのかわからないようで大きく肩を落とすとテーブルに置かれていたカギを手に取り、そのカギを眺める。
「当然です。ジーク、あなたが何かおかしな事をすればいろいろな問題が起きるのです。それを理解しなさい」
「わ、わかってますよ」
セスはジークにおかしな事をしないようにと釘を刺し、ジークは大きく頷く。