第339話
「それじゃあ、レイン、始めようか? それとも、今日はジークもいるし、ジークに相手をして貰うかい?」
「おい。俺を巻き込むな。だいたい、俺は本業は薬屋、武器は魔導銃、騎士を相手にまともに手合わせ何かできるわけがないだろ」
セスの様子にカインは苦笑いを浮かべるとレインに声をかける。
カインはジークとレインの手合わせをみたいと思ったようであるが、ジークはレインの相手は勘弁だとため息を吐いた。
「そうだね……まぁ、ジークと手合わせをする機会はまだありそうだし、今日は予定通り、カインに相手をして貰おうかな」
「だから、どうして、俺を巻き込もうとするんだ?」
レインは槍を手にすると、カインに相手をして欲しいと言うが、ジークは完全に巻き込まれている事に納得がいかなさそうに眉間にしわを寄せる。
レインはジークの言葉を最後まで聞く事無く、庭の中央に向かって歩き出す。
「なかなか、レインはジークのような戦い方をする人間と手合わせをする機会がないからね。良い訓練になるから、俺としては何度かやっておいて損はないと思うんだけどね。お互いのために」
「俺みたいな戦い方って、ガキの頃に冒険者達の訓練を見てのサルまねも良いところだぞ。騎士のレインが学ぶところなんてないだろ」
カインはジークとレインの戦い方の幅を広げるために必要だと言うが、ジークはカインの言いたい事が理解できないようで大きく肩を落とす。
「手合わせとは言え、実戦経験は何よりの訓練です。それじゃあ、レインの相手でもしますか?」
「俺の時にやったように、魔法で中断とかは止めろよ」
「何を言ってるんだ? レインとは魔法ありでの手合わせだよ」
カインは1度、大きく肩を落とした後、木剣を手にレインの前に向かって歩き出す。
カインの背中を見て、ジークは卑怯な真似をするなと言うが、カインは気合いを入れ直しているのか振り返る事無く言う。
その声からはカインが先ほどジークと手合わせをした時よりも真面目にレインに対峙しようとしているのがわかる。
「大丈夫なのか?」
「基本的にカイン=クロークが用いる魔法は植物の成長を促進させて相手をからめ取るような魔法が多いですから、問題はないでしょう。ただ、レインは槍を持っていますが」
カインの魔法が解禁と聞き、眉間にしわを寄せるジーク。
セスはカインの習得魔法についても詳しいのかレインの心配はしなくて良いと言うが、彼女の心配は木剣ではなく、本物の槍を手にしているレイン相手に手合わせをしようとしているカインの事であり、心配そうにカインの背中に視線を移す。
「……そんなに心配なら、心配って言えば良いのに」
「べ、別にそんな事は言っていませんわ」
セスの様子にジークは小さくため息を吐くと、セスは顔を真っ赤にして否定するが、既に彼女のカインへと向けられた想いは周知の事実である。
「とりあえず、本物の槍相手でも余裕そうだし、問題はないんじゃないかな? それに当りどころが悪くなければ、神聖魔法で治療できるセスさんもいるし」
「そうは言っても治癒魔法は万能ではないのですよ。領主が戦闘訓練中に事故死などせっかく領地も安定してきたんですから、おかしな事があっても困ります」
カインが無茶な事をするわけないと言うジークだが、何かあればセスの治癒魔法があるため、安心しきっており、セスはジークの軽い様子に大きく肩を落とした。
「それくらい知ってますよ。魔法も薬も万能じゃない。ばあちゃんも魔法が使えたら、もっと、多くの人を治療できたんじゃないかっても言ってましたしね……って、聞いてないし」
ジークはセスの言いたい事も理解できると言うが、既にセスは庭の中央で始められたカインとレインの手合わせを心配そうに見つめている。
ジークはそんなセスの様子にため息を吐くものの、セスへのカインへの想いを知っているためか仕方ないと思ったようで頭をかく。
「あの、ジークさん、わたし、寝坊してますかね?」
「ノエル? いや、まだ、そんなに遅くないだろ」
「あ、ありがとうございます」
その時、庭にジーク達が集まっている事に気付いたノエルがジークに声をかける。
彼女は庭の様子に気が付き、慌てて庭まで降りてきたようで、その髪は少し寝癖が付いているのか、手で髪を押さえている。
ジークは彼女の様子に苦笑いを浮かべるともう1脚、イスを引っ張り出し、朝露を払うと彼女の前に置き、ノエルは遠慮した様子でイスに腰掛ける。
「あの……あれはどう言う状況なんですか?」
「俺に聞かれても困る」
ノエルは庭中央のカインとレインに視線を移すと、レインの槍はカインが魔法で急激に成長させた植物を薙ぎ払った後、その切っ先をカインへ向けて振り下ろした。
しかし、その槍はカインに届く事無く、彼の目の前で何かに弾かれてしまう。
目の前で繰り広げられている手合わせはジークの知っているものではなく、ジークも何と言って良いのかわからないようで眉間にしわを寄せた。
「と言うか、フォルムにいる間にレインの手合わせの相手をさせられると思うとぞっとするな……フィーナやザガロに押し付けるか」
「あの、レインさんと手合わせってどう言う事ですか?」
「まぁ、今度、時間があったらって頼まれただけだ。と言うか、あれだけ、身体を動かすと腹減るだろうし、先に朝食の準備でもしとくか」
ジークはあり得ない手合わせの様子に、自分がレインの相手をする時の事を思うと不安しか感じないようで大きく肩を落とすとノエルは首を傾げる。
ジークはノエルに心配をかけてはいけないと思ったようで表情を和らげると彼女の頭を撫でた後、朝食の準備をすると言い、屋敷の中に戻って行く。
「ジークさん、わたしもお手伝いします」
「いや、何かあったら、困るから、ノエルはここにいてくれ。魔法を使ってるわけだし、万が一の事があっても困るし、仮にカインに槍が刺さったりしたら、セスさんがどうなるかわからないから」
「わかりました」
ノエルはジークを手伝おうと思ったようで慌てて立ち上がるが、ジークはノエルに手合わせを見ているように言う。
ノエルはカインとレインが大ケガをした時に、自分が落ち着いて対処する事ができるか不安に思いながらも、少しずつではあるが近づいてきているカインとセスの様子に万が一の時にルッケルでカインが倒れた時の自分と同様にセスが慌ててしまっては困るため、ジークの言葉に頷くと視線を庭の2人へと向ける。