第338話
「確かに山や谷しかないよな……難儀な道のりだ」
「それでも後を歩く人達のために道は整備しないといけないだろ」
ジークはノエルと並んで歩くと決めた事もあり、どんな道でも進む決意はあるが改めて、困難な道を選んだとため息を吐くがその目に迷いなどない。
ジークの姿にカインは表情を和らげると、自分達が進んだ後の道を歩く人達のために諦める事はできないと言う。
「そうか……俺達だけじゃないんだよな」
「そう。俺達が目的をなす事が出来れば、ジークやノエルのような人達がもっと出てくる。それを忘れてはいけない。向かうべき先が見えていれば、迷っても立ち止まっても、そこに着く事ができるから」
ジークはカインが自分達の時代より後の事を考えている事に驚きながらも、その言葉をかみしめるように頷いた。
カインは目に見えるジークの成長を喜ばしく思いながらも、そこを誉めるわけでもなく、ジークとノエルの想いの先にある物をしっかりと見据えて歩けと彼の背中を押す。
「長い道のりだよな?」
「そりゃあね。この世界が産み落とされてから、誰も成しえなかった事だからね。その道の望んだ者達が居たにも関わらず」
道のりすら見えない事にジークは大きく肩を落とすとカインは小さくため息を吐く。
その言葉にはジーク達と同じように険しい道を進んだ者がいる事、その者達の夢は徒労に終わってしまった事を儚んでいるように見える。
「俺達ができなくても、その意思を後の世代にか? なぁ、お前はどこまで知っているんだ? 前にエルト王子からお前が1人で世界を見て回っていたって事を聞いた。お前が見てきた場所では本当に誰も到達する事ができなかったのか?」
「世界のすべてを見たわけではないけれど、フォルムのように正体を隠して人族として生きている者は点在しているよ。でも、それは多くの者が望んだ世界じゃない。どこにでも争いがあって、誰かが傷ついている。そして、それを見て喜んでいる者もいる」
ジークはカインの言葉にいくつか引っかかるものがあったのだが、それが何か自分でもわからないようで首を傾げると、カインが見て回った場所には自分達が望んでいる世界ではないと言う。
「争いを見て喜んでいる奴か? 胸糞の悪くなる話だな」
「そうだね。胸糞の悪くなる話だよ」
ジークはカインの話に乱暴に頭をかくと、カインはジークの反応に苦笑いを浮かべた。
「カイン? ずいぶんと早いな……ジーク?」
「……俺が起きてたら悪いのかよ」
「レイン、おはよう」
その時、レインが庭に現れ、ジークの顔を見て信じられないような表情をする。
レインの反応にジークは大きく肩を落とすとカインは苦笑いを浮かべたまま、レインに朝の挨拶をする。
「どうして、ジークがいるんだ? ジークは早起きとかしなさそうだけど」
「……俺は寝坊するイメージなのか?」
レインはジークの反応に彼なりの冗談なのか、からかうように笑い、ジークはレインに自分がどんな風に思われているのかとわからないようで眉間にしわを寄せた。
「ジークは元々、薬屋の仕事を1人でやってたんだから、朝は早いよ。朝しか採れない薬草類もあるわけだしね」
「そう言う事だ。割と早起きは得意なんだよ」
「わかってるよ。流石に冗談だから」
カインがジークをフォローするとレインは軽く準備運動を始めながら冗談だと笑う。
「……」
「ジーク、レインを見てどうしたんだい? まさか、男に目覚めたとか?」
「おかしな事を言うな。いや、なんか、昨日やルッケルでエルト王子の前と話し方が違うから、違和感が」
ジークは以前から持っていたレインとイメージと今の冗談を言うレインのイメージが重ならないようで首を傾げる。
ジークの言葉にカインとレインは顔を見合わせて笑う。
「何だよ。感じ悪いな」
「ルッケルでは騎士の任務中だったし、昨日も同様にね。今は一応は自由時間だから、それに元々、俺は平民出身なんだ。警護とかを使われるより、この方が楽だから、むしろ、家名を考えると俺がレインにかしこまった態度を取らないといけないよ」
2人の様子にジークはムッとした表情で言うと、カインはレインに任務中以外は楽にして良いと言ったようであり、レインはその命を守っているようである。
「カインのかしこまった態度? ……それは気持ち悪いな」
「ジークは言いすぎだね」
「エルト様の前だとカインはしっかりとした礼節を重んじてると思いますけど」
ジークはカインが礼儀を重んじている姿は未だになれないようで気持ち悪いと言うと、カインは小さくため息を吐き、レインは苦笑いを浮かべている。
「確かにエルト王子の前だとまだしっかりとしてるか?」
「ジークやフィーナの前では素が出ますけどね。まったく、エルト様が何も言わないから良いものの、下手をすれば罰せられてもおかしくないのですよ。まぁ、ジーク達もですけど」
ジークはエルトの前では文官として、礼儀をわきまえて動くカインの姿を思い出したようで苦笑いを浮かべた。
その背後から、セスはカインの礼儀にも問題があると言いながら、3人の元に向かってくる。
「コーラッドさん? ずいぶんと早いね」
「外から騒がしい声が聞こえれば目が覚めますわ。まったく、まだ、眠っている人もいるんですから、それぐらいの配慮がないのですか?」
セスの声にカインは彼女の方を向くと、セスはまだ眠いのか少しだけ不機嫌そうな表情をして答える。
「確かにそうだったね。いつもは1人だし、気にしてなかったよ。迷惑をかけてしまったね。何なら、睡眠誘導魔法を使って、もう1度、眠る?」
「別にそんな事を言っているわけではありませんわ」
セスの言葉にカインは配慮に欠けた事を謝るとセスの睡眠時間を考えて魔法を使おうかと聞くと手で空に魔法陣を描き始めた。
セスはカインの魔法などいらないと言うと、庭先にあったイスを引っ張り出してその場に座ろうとするが、ソファーは朝露に濡れており、彼女は座るのを諦めたのか不機嫌そうな表情をしている。
「どうぞ、コーラッド様」
「仕方ありませんわ。あなたがそこまで言うなら」
カインはそんなセスの様子に苦笑いを浮かべると身体を動かした後に汗の処理をしようと思っていたタオルで朝露を拭き取り、セスに声をかける。
セスはカインが自分を気を使ってくれた事を嬉しく思いながらも素直に礼を言えないようで彼から視線を逸らしながら、イスに腰掛ける。