第335話
「……その覚悟を決める前に聞かされたんですけど」
「いや、セスさんの方はエルト様がタイミングを選んだから、俺に言われても困る。俺としてはその時に同席したかった」
セスは覚悟も何もなく、巻き込まれた事にその時の事を思い出してため息を吐く。
カインはエルトがセスを嵌めた時に自分が立ち会えなかったのか少しだけ残念だと思ったようで苦笑いを浮かべた。
「良いリアクションだったんだろうな」
「それは、まぁ……それより、話を元に戻さないか?」
カインはだまし討ちを喰らった時のセスの姿を思い浮かべて、楽しそうに笑いだすと、ジークは小さく頷くが、セスに睨みつけられたようでカインに話を戻すように促す。
「そうだね。コーラッドさんが怒ってるから、話を戻そうか?」
「あの、ジークさん、2人の間に何かあったんですかね?」
「……今はそんな場合じゃないだろ」
カインはセスへと視線を向けてくすりと笑い、セスはカインの表情を見て、からかわれているのが面白くないようでふてくされたような表情をして視線を逸らす。
ノエルは2人の様子に何か感じたようで、興奮気味にジークの服を引っ張るが、ここで踏み込んで見ては話が完全に逸れる事と、セスを怒らせる事になりそうなため、ノエルに落ち着くように言う。
「ノエルが近い人達に話をしたいのは自分が抱えている問題を知って貰い、自分1人で持つには重たすぎる荷物を他の人にも持って貰いたいから、そうすれば、1人で持つより、負担が減るからね」
「そんな事はないです」
「ノエルにその気はないって言っても、何も知らない状況で、そんな重たい荷物を持たせるのはどうかと思うよ。実際、ジークはノエルにノエルがドレイクだって聞かされた時、どう思った?」
カインはノエルが逃げているだけだと言うが、ノエル自身にはそのつもりはないため、首を大きく横に振る。
彼女の様子にカインは攻め方を変えようと思ったようで、ジークに話を振る。
「正直、困ったな。と言うか、殺されるかと思った」
「そうでしょうね。ノエルの性格も知らずにドレイクが目の前に現れたんですから」
ジークは初めてノエルと会った日の事を思い出し、目の前に現れた少女が人族にとって、最悪の存在である事に命の危険を感じたと言う。
セスもノエルを知らない状況で真実を聞かされた時のジークにどれだけ精神的な重圧がかかったかを察したようで大きく肩を落とす。
「こ、殺すなんて、そんなつもりはありませんでしたよ!? ちゃんと、最初に話をしましたよね!?」
「それでも、これが普通の反応。ノエルの事を知っていたコーラッドさんだって、いきなり、ノエルがドレイクだって聞いて慌てただろ」
「そ、それは、で、でも、エルト様やカインさんは」
ノエルは自分がジオスに来た時に、直ぐに説明をしたと言うが、それはあくまでもノエルにとって都合の良いものであって、聞く側にとっては大問題である事を話す。
ノエルはカインやエルトは自分がドレイクであっても、気にする事無く対応してくれた事を思い出したようで大丈夫なのではないかと言おうとする。
「俺もエルト様も、以前から魔族との共存を考えてたからね。とっくに覚悟はできてたから、それくらいの事じゃ、驚かない」
「と言うか、図太いだけだろ」
「図太いと言うか、実際、共存を願っていても、魔族側との繋がりなんて皆無だからね。正直、都合が良かった事は確かだよ」
すでに覚悟ができていた人間と覚悟も何もない人間に話すのでは重みが違う事を告げるとノエルはカインの言いたい事がわかったのかうつむいてしまう。
ジークはノエルの様子に場をどうにかしたいと思ったようで、カインとエルトは特別だと言うと、カインは苦笑いを浮かべた。
「そうでしょうね。実際、共存を願おうが、フォルムのような場所と違い、王都のそれも王位継承者のエルト様がそれを願っても魔族と知り合う事なんてできないでしょう」
「でも、会っちゃったんだよね。これが」
セスは種族間との確執があり、魔族と知り合う事など考えられなかったため、エルトの理想は現実味がなかったと言うがカインは楽しそうに笑う。
「会っちゃったじゃないよな?」
「でも、ノエルがジークとフィーナに会い、俺を通して、同じ理想を持ったエルト様と知り合う事が出来た。ギド達ゴブリン族、ザガロ達リザードマン族、コーラッドさん、協力者が増えて行っている事は事実だよ」
ジークはカインの様子に大きく肩を落とすが、カインはくすりと笑い、1歩ずつではあるがノエルの思いは伝わって行っていると言う。
「でも、今のままじゃ、ダメなんですよね?」
「そうだね。ただ、協力して欲しいじゃ、ダメだよ。ノエルが協力して欲しいと思う人達が、協力したいと思ってくれるようにして行かないとダメなんだ」
「……その割には、ギド達を使って、レインを騙すために既成事実を作ろうとしているよな?」
ノエルは伝えたいだけではダメだと言われている事にどうしたら良いかわからないようで、カインに問う。
カインは協力を仰ぐためには相手の意識開拓も必要だと言うが、ジークはカインがレインを嵌めようとしているのが目に見えているためか大きく肩を落とした。
「大丈夫。大丈夫。レインはフォルムで多くの人達と触れ合っている。王都で貴族と言う立場とは違い、フォルムの民として、その中で人にはそれぞれ立場や考えがある事を学んでいる。レインは自分で学び、答えを出す事ができるよ」
「レイン、真面目だからな。考え始めたら、長そうだけどな」
カインはレインを嵌めるよりは彼自身にフォルムで多くの物を学んで欲しいようであり、ジークはカインの言葉に苦笑いを浮かべる。
「長く考えても、他人に流されて出した答えより、自分で悩み導き出した答えには意味がある。今、レインやアズ様に事実を伝える事はその機会を奪う事になる。ノエルの正体を隠し、エルト様の命令だと言ってしまえば、2人は考える事無く頷いてしまうかも知れない。それは悩み導き出した答えではないから、何かあった時に迷ってしまう。それではダメなんだ。ジークやノエルだって、目指したい物は自分達で悩み考えた答えだろ? そして、誰かにその考えは間違っていると言われても、自分達で導き出した答えを曲げる気はないだろ?」
「はい」
「まぁ……な」
カインはレインには自分で答えを出して欲しいと言う物の彼自身、レインが自分達と同じ答えを出す事ができると信頼しているようである。
そんな彼の様子にジークとノエルは改めて、自分達が進むべき道が間違っていないと頷く、カインは2人の様子にくすりと笑う。
「……考える余裕もなかったんですが」
「そこはほら、コーラッドさんが、これからのジークやノエルを見て、しっかりと悩んで決めてよ。できれば、コーラッドさんには味方で居て欲しいけど」
「そ、それは……まぁ、エルト様のお考えは素晴らしい事ですし」
セスは少しだけ疎外感を覚えたようでため息を吐くと、カインはセスにも同じ道を歩いて欲しいと言う。
カインの言葉にセスは彼から視線を逸らすとカインのために協力するのではないと言うが、カインと一緒が良いと思っているのは誰の目から見ても明らかである。
「ジークさん、やっぱり、何かあったんじゃないですかね?」
「……いや、何もないだろ」
セスの態度にノエルは何か進展したのではないかと思ったようで目を輝かせてジークに聞くが、ジークは今までの2人の様子から何もないとため息を吐く。