第331話
「考えがあるのは良いが、ジーク達がいないなら、お前達もここにいる意味がないだろう。調べ物の邪魔になるなら出て行ってくれ」
「いや、コーラッドさんと2人になるのは今は危険な気がするし、俺の身の安全のためにもギドがいる場所で話し合いをした方が良いと思うんだよね」
ギドはまだ調査の途中のため、手伝う気がないなら部屋を出て行けと言うが、カインはセスの様子に身の危険を感じているようでギドに調停役を頼みたいようである。
「……知らん。痴話喧嘩なら余所でやれ。ワシは忙しい」
「ち、痴話!? な、何を言っているのですか!? カイン=クローク、あなたがおかしな事を言うから、勘違いされるのです!!」
「わかったよ。ギドの言う通り、ここだと邪魔になりそうだから、移動するよ。それじゃあ、ギド、引き続きよろしく頼むよ」
ギドはカインの思惑など知った事ではないと言いたげに、立ち上がると先ほどまで行っていた調査の続きを始め出す。
ギドの口から出た言葉にセスは顔を真っ赤にして否定するとカインに矛先を向けたようで、彼を怒鳴り始める。カインはそんなセスの様子にため息を吐くとギドに頭を下げた後、彼女の手を引いて部屋を出て行く。
「な、何をしているのですか?」
「何をしているじゃなくて、こっちにくる。まったく、まだ話も終わっていないのに」
カインに手を引かれ、何が起きたかわからずに顔を真っ赤にするセス。
カインはセスの行動で話が中断してしまった事に頭が痛いようで小さくため息を吐くもセスの方を振り向く事はなく、彼女の顔が赤く染まっている事に気づく気配はない。
「ど、どこに行くつもりですか?」
「とりあえず、領主の部屋、一応はさっきの話の説明もしないといけないみたいだから、他の人の目には触れない方が良いみたいだし」
「そ、それなら、手を放してくださいませんか? 私は自分で歩けます」
「そう? 確かにそうだね。コーラッドさんは何度もフォルムに来てるし、問題ないね」
セスはカインの手をまだ握っていたいのだが、素直じゃない性格のせいでカインに手を放すように言った。
カインはその言葉に特に考える事無く、彼女の手を放して先を歩き始め、セスは放れてしまった手を名残惜しそうに見つめており、立ち止まってしまう。
「コーラッドさん、俺もそれなりに忙しい身だから、急いで貰っても良い?」
「わ、わかってますわ。だいたい、ジークに魔法式を教えないといけないと言っているのにまったく進んでいないじゃないですか?」
カインはセスが付いてこない事に気が付いたようで後ろを振り返ると、セスは変わらないカインの反応に自分だけがドキドキしていたと思ったようで不機嫌そうな表情をすると足早に歩きだし、カインを追い抜いて行く。
「……失敗したかな?」
カインはセスの背中を見て、自分が彼女を怒らせるような事をしたと言う事には気が付いたようで苦笑いを浮かべると、セスに怒られたくないようで一定の距離を開けて追いかける。
「それで、先ほどのジークへの物言いはどう言う事ですか?」
「どう言う事も何もねえ」
領主の仕事場として使われている一室に到着すると、セスの機嫌はまだ悪いままのため、彼女は不機嫌そうに部屋の中央にある来客用のソファーに腰掛け、カインは苦笑いを浮かべたまま、彼女の対面に腰を下ろす。
「ただ、ジーク達には知っていて貰わないといけないと思っただけだよ。現在は多くの選択を色々な人達が積み重ねてきた世界だ。その選択には目をそむけたくなるようなものも、到底、許せないと思う事だって多くある」
「それくらいはわかりますわ。ただ、ご両親と確執のあるジークの前で、話す事ではなかったのでなかったのではないかと言っているのです」
セスはカインがジークをわざと怒らせた事は理解しており、感情的になるように話を持っていく必要などなかったのではないかと言う。
「そうだね。時間があれば、それでも良かったんだと思うよ。ただ、俺達がやろうとしている事には時間がないからね」
「時間がない? 確かに大変な事をしようとしているのは事実ですが、こんな大変な事をしようとしているんです。カイン=クローク、あなたは急ぎ過ぎです。もっと時間をかけるべきです」
「時間をね」
「何か、文句がありそうですね」
カインは事実を突きつける事でジークに成長を求めるが、セスは早急だと言う。
その言葉にカインは小さくため息を吐くとセスはバカにされたと思ったようで不機嫌そうな表情をする。
「ノエルやフィーナの性格を考えれば、ジークは何度もその場所に立ち会う事になる。多くの者を救いたくても伸ばせる手は2つしかなくて、選ばなければいけなかったもの、そのために見捨てる事しかできなかったもの、その場に立ち会ってしまった時、その後悔を聞いた時に相手を責めずになれるように」
「それは確かに必要ですけど、そのためにジークの古傷をえぐる必要はないと思います。ジークが意地になってしまったらどうするつもりなのですか?」
カインはセスの様子に苦笑いを浮かべた後、真面目な表情をして言うと、セスは納得はできるのだが、どこか子供じみところのあるジークでは受け止めきれないのではないかと言う。
「大丈夫」
「信用しているんですね」
セスの心配にカインは表情を和らげるが、その瞳には絶対の自信があり、セスはカインの様子に少しだけ悔しく思ったのか不機嫌そうに口を尖らせる。
「信用と言うか、信頼だね。ジークなら問題なく乗り越えられるよ」
「……カイン=クローク、以前から思っていたのですが、あなた、ジークやフィーナに対して過保護過ぎませんか?」
「過保護? しつけはしっかりしてるつもりだけど、そんな事は思った事はないけど」
ジークを気にかけ、彼に乗り越えられそうな試練を与えるカインの姿にセスは呆れたようなため息を吐く。
カインはセスの言いたい事がわからないようで首を傾げる。
「もう良いですわ。それより、カイン=クローク、ジークなら乗り越えられるなどと言うのですから、これについても乗り越えられるようにして貰いますわ」
「……ばあちゃんの資料、持ってきてたんだ」
「当然です。カイン=クローク、あなただって、時間がないと言っていたんです。できると言っていたんですから、しっかりとした育成計画を出して貰います」
セスはこれ以上は言っても無駄だと思ったようで、次の問題だと言いたげにカインの前にアリアの資料を置く。
カインは目の前に置かれた資料に大きく肩を落とすとセスはカインを睨みつける。
「わかりました。わかりました。お付き合いしますよ。その代り」
「交換条件を出すつもりですか? カイン=クローク、あなたができると言ったのではないですか?」
「いや、それじゃなく、フルネームだと呼びにくくないかな? と思って、面倒くさくない?」
「な、何を突然、言い始めるのですか!?」
カインはセスにフルネームで呼ばれる事がずっと気になっていたようで、セスに面倒ではないかと聞くと彼女の顔は真っ赤に染まり始める。
「何って、普通に俺は領主になったとは言え、まだ身分も低いわけだし、コーラッド家の御令嬢は呼び捨てにしても構わないと思うんだけど」
「た、確かにそうですね」
カインに他意はないが、現状でセスはそれどころではないようで自分を落ち着かせようと何度も何度も深呼吸をする。
カインはそんなセスを見て、表情を和らげるが、セスにはそれに気づく余裕はない。