第322話
「カイン、こないよな。セスさんフォルムに行ってみませんか?」
「……ジーク、あなたは本当にやる気があるのですか?」
セスの魔法式の事を教わりながら数日が経つが、相変わらず、集中力のないジークは頼み事をして行ったにも関わらず、それ以降、ジオスに戻ってこないカインの事が気になったようでセスに話を振る。
しかし、セスは一行に進まないジークの勉強に頭が痛くなってきたようであり、眉間にしわを寄せた。
「セスさんだって、カインに会いたいんでしょ。せっかく、エルト王子から解放されて、外堀を埋めにジオスにまで泊まり込んでいるのに」
「おかしな事を言わないでください。毎日、毎日、ジオスと王都を転移魔法で往復するのは時間の無駄ですから、村長さんの家の1部屋を間借りしているだけです。外堀など埋めてはいません」
セスは現在、ジオス村の村長の家の部屋を借りて、そこから、ジークの店に通っているのだが、以前にエルトが村のお年寄りに話したセスとカインが良い仲だと言う話は当然、村長夫妻の耳にも届いており、セスは夫妻から手厚い歓迎を受けているようで、ジークは彼女をからかうように言う。
セスはカインの両親と仲良くなれている事は喜ばしい事であっても、からかわれる事には納得いかないようで彼を睨みつけて、ジークの言葉を否定する。
「そうですか? まぁ、そんな事を言ってる間に、カインは領主様なわけだし、フォルム周辺の有力な人間達が近づいてきて、嫁候補の1人や2人、できてるかも知れないけどな」
「あの、ジークさん、勉強を見て貰っているわけですし、セスさんをからかい過ぎるのはどうなのかと思いますよ」
セスの反応にジークは意地悪したくなったようで小さく口元を緩ませると、セスの表情は見る見ると沈んで行き、ノエルはジークの様子にため息を吐く。
「まぁ、少し意地悪したくなっただけだよ。しかし、セスさん、今日はフィーナはどうしたんですか?」
「わかりません。今日は何か嫌な予感がするから、ここには来ないと言っていました。シルドさんのお店にでも行ってるのではないでしょうか?」
ノエルに注意され、ジークは苦笑いを浮かべるといつもはセスと一緒に店に現れるフィーナが来ていない事に首を傾げると、セスはフィーナの行動は理解できない事があるようで首を横に振った。
「そうか……イヤな予感がするか」
「そうすると、今日、カインさんがジオスに来ますね」
「そうだな。確実にカインは今日、ジオスに現れるな」
「何をバカなことを言っているんですか?」
セスの口から聞いたフィーナの様子にジークとノエルはカイン襲来を予想して顔を見合せて苦笑いを浮かべる。
2人の言っている事には根拠など何もなく、セスは眉間にしわを寄せた。
「ジーク、頼んでいたものって、用意できてる?」
「カイン=クローク!? どこから、現れるんですか!?」
「……本当にきたよ」
「そうですね。あの、カインさん、どうして、フィーナさんを引きずっているんですか!?」
その時、店のドアが開き、フィーナを引きずったカインが店の中に入ってくる。
セスは突然のカインの来訪に驚きの声を上げるが、ジークとノエルは顔を見合せて苦笑いを浮かべた後に、ノエルはカインの手で店の中に連れてこられたフィーナに気づき、驚きの声を上げた。
「いや、ちょっと、シルドさんに頼み事があって、店で話をしてたんだけど、店のドアを開けるなり、逃げだそうとしたから、捕まえただけだ」
「捕まえただけって、目を回すほどにする必要はないだろ……取りあえず、フィーナは奥で寝かせてくるか」
「それじゃあ、ジーク、任せるよ」
カインは簡単にフィーナを捕まえた時の状況を話すが、フィーナは完全に気を失っており、ジークは呆れたようでため息を吐くが、あまり強く言うと自分にも矛先が向く可能性もあるため、それ以上強く言う事はなく、カインからフィーナを受け取り、住居の居間に運んで行く。
「カイン=クローク、あなたは何をしているんですか?」
「何をしてるって、ジークに頼んでいた物を受け取りにきたんだけど、時間も大部、経ったし、ノエル、当然、準備ができてるよね?」
「はい。でも、土地に適したものの選別は終わっていますけど、種や苗は手に入ってない物もあります。レギアス様にお願いして、取り寄せて貰っている物もありますけど、貴重な物もあるみたいで、全部は」
セスは自分を落ち着かせようと、大きく深呼吸をした後にカインにジオスを訪れた理由を聞くと、ジークが場を外しているため、カインはノエルに頼み事の進捗状況を訪ねる。
ノエルはカインの質問に大きく頷くも、まだ途中の事もあるため、申し訳なさそうに頭を下げた。
「あれ? 準備までしてくれたんだ。ノエルが嫁に来てくれたおかげで、ジークも気を使うようになったね」
「よ、嫁って、まだ、わたしとジークさんは」
頼んでいた事以上の事をジークが行ってくれていた事にカインは感心したように頷くとジークの成長はノエルの力が大きいと思っているようでうんうんと頷く。
ノエルはカインの言葉に顔を真っ赤にして慌て始めると彼女のその様子はカインの悪戯心に火を点けるには充分なものである。
「いや、同棲しているわけだし、否定する必要なないでしょ。それでもうや……」
「カイン=クローク、あなたはこんなところで何を言うつもりですか!?」
「何をと言われると、やっぱり弟夫婦の夜の進捗状況も気になるじゃないか」
「気になろうともそれはあくまでジークとノエルの問題であって、あなたが首を突っ込む事ではありません!!」
「そうだね。突っ込むのは別の……」
「カイン=クローク!! 止めなさいと言ってるのがわからないのですか!!」
カインは口元を緩ませ、下世話な話をしようとするが、カインが何を言おうとしたのか気が付いたセスは青筋を立ててカインの言葉を遮った。
カインはそんな彼女の様子にわざとらしく笑いながら言うが、その態度がさらにセスの怒りの火に油を注ぐ事になっている。
カインはセスが話しに割って入った事で、矛先をセスに変えたようで、さらに悪質な下世話話を始めようとし、セスは彼の胸倉をつかみ、彼を怒鳴りつけた。
「ノエル、カインがまた余計な事を言ったのか?」
「えーと、は、はい。あの、その」
「……何があったんだ?」
その時、フィーナを寝かせて帰ってきたジークはセスの怒鳴り声にノエルに状況を聞くが、彼女は彼女でカインの話でしどろもどろになっており、状況の理解できないジークは大きく肩を落とす。