第320話
「そう考えるとシュミットは上手く利用されたみたいだね」
「はい……」
エルトはシュミットの顔を見て苦笑いを浮かべると、シュミットは自分の不手際で王城内にドレイクを入れてしまった事を後悔しているようでその表情には重々しい物が浮かんでいる。
「一先ずは、まだ、何も起きていないんだ。アンリの症状を改善させて付け入る余地を無くす。シュミット、もう1度聞く。私を手伝ってくれるな?」
「しかし……」
エルトはシュミットの顔に映る後悔を晴らそうとしているようで、柔らかな笑みを浮かべて聞くが、シュミットの表情が晴れる事はない。
「まったく、ウジウジと悩んでないで、はっきりとしなさいよ。後悔より、次にどうするかを考えるべきでしょ。いつも正解なんて出せるがわけないんだから、間違っても失敗してもその後の事を考えるべきでしょ。あんたはそれくらいもわからないの!!」
「……フィーナ、言ってる事は正しいんだけど、反省しないお前が言っても説得力も何もないぞ」
シュミットの煮え切らない様子にフィーナは声をあげて彼を叱咤すると、ジークはフィーナの口から出た言葉が信じられないようで眉間にしわを寄せた。
「ジーク、どう言う事よ!!」
「そのままだろ」
「まぁ、ジークの言いたい事もわかるね。でも、フィーナの言っている事は正しい。シュミット、先日の事が間違いだと気が付いているなら、いつまでもふてくされてなどいないで、動け。少なくとも今、私はお前の手を必要としている」
フィーナはジークの言葉に怒りの表情で彼の胸倉をつかむが、ジークには悪気などまったくなく、エルトは2人の様子に苦笑いを浮かべた後にシュミットが必要だと言い、彼の次の言葉を待つ。
「……利用されたとは言え、私はエルト様とライオ様の暗殺を企てたのですよ」
「上に立つ者が無能ならそれも仕方ない。実際、私ができる事など限られている。私は父上と違って1人では何もできない。だから、できる人間、国を動かし民を守るのに必要な人間に協力を頼むんだ。その中にはシュミット、お前の力も必要だ」
「わかりました。協力させていただきます」
シュミットはエルトを前にして冷静になった時に暗殺計画など大それたことをしでかした意味を充分に理解しているようであり、首を横に振ろうとするが、エルトは1人で全ての事が1人でできるとは思っていない事もあり、彼へと手を伸ばす。
シュミットは瞳に涙をにじませながらその手を握り返した。
「ジーク、大丈夫なの?」
「わからないけど、エルト王子なら、どうにかするんじゃないか? エルト王子は人を巻き込む才能があるし」
フィーナは2人の様子にどこか不安を覚えているようでジークを肘で突きながら聞くと、ジークはあまり深くは考えていないようだが、エルトなら少しずつでもしっかりと味方を作っていけるのではないかと笑う。
「それに前にエルト王子も言ってただろ。エルト王子もあの小者も同じ不安を抱えていたって、エルト王子ならわかってやれるんじゃないかな?」
「……何で、あんたは何もかもわかったって感じなのよ」
「いや、親が偉大だから、重圧を受けるって言うのはまったくわからないけど、言った事をまったく信じて貰えないってのには心あたりがあるからな」
以前にエルトの口から漏れたシュミットの不安は同じ不安を乗り越えたエルトにしかわからないものもあるのだと言い、ジークは苦笑いを浮かべる。
しかし、フィーナは納得がいかないようで眉間にしわを寄せており、ジークは彼女の様子にため息を吐いた後に自分もシュミットと同じ不安を感じた事があると言う。
「ジークさん、どう言う事ですか?」
「あれだ。子供の時、村の年寄り連中は俺より、フィーナを信じたからな。悪者は全部俺だ。正直、イヤになったぞ。俺、よくふてくされなかったよな」
ジークの言葉に首を傾げるノエル。ジークの子供の頃は子供の少ない村であったためか、年下で女の子のフィーナの事を村の人間は信用したようで、ジークは真面目に育った自分の事を誉めてやりたいと笑う。
「それとは少し違うと思いますけど」
「いや、かなり違うだろう」
ノエルはジークの言いたい事は本筋からかなり外れていると思ったようで苦笑いを浮かべると、ラースは呆れているのか眉間にしわを寄せた。
「それより、おっさんもレギアス様も大丈夫なのか? あれでもワームの領主なんだろ。エルト王子のそばで調べ物をするってなるとワームをあけるわけだし……居ても居なくても変わらないのか」
「ジーク=フィリス、自己完結をするな。確かに今はレギアスがワームを取り仕切っていると言っても私だって仕事はしていたんだ。まぁ、前領主が不正をしていたものの調査が主だったがな」
2人の反応にジークは話を変えようとしたようで、領主不在となった時のワームは問題ないのかと言いかけるが、彼にとってシュミットの評価は高くないため、レギアスがいればどうにかなると自己完結して頷く。
そんなジークの言葉が聞こえたようでシュミットは不満なようでジークを睨みつける。
「レギアス、ラース、私はしばらくエルト様とともに王都に戻る。エルト様、引き継ぎもありますのでこれで失礼します」
「あぁ、10日あれば良いかな?」
「3日で充分です。レギアス、ラース、時間がない。行くぞ」
シュミットはやると決めた時の行動は早く、直ぐにレギアスとラースに自分の持っている政務を引き継ぐと言い、エルトに頭を下げた後、2人を引きつれて応接室を出て行く。
「何か、ずいぶんと雰囲気が変わったわね」
「元々、シュミットは行動力があったからね。自分勝手な私やライオより、他人の言葉に耳を傾けると言う事も知っていた。なかったのは自信、他人の話を聞くなかで、叔父上と比較される事になって、自分の無力さを思い知らされて自信を失って行ったんだよ」
ラースとレギアスを伴って応接室を出て行ったシュミットの姿にフィーナは信じられないようで眉間にしわを寄せる。
エルトはその言葉にシュミットが自信を取り戻し始めた事を嬉しく思っているようで表情を和らげた。
「それじゃあ、ラースもいなくなってしまったし、私達も戻ろうか?」
「そうですね。ジークさん、どうかしたんですか?」
「いや、今更だけど、ばあちゃんの資料の解読、大変そうだなと思っただけだ」
屋敷の主であるラースの不在に伴い、いつまでもここにいるわけにもいかないため、5人は屋敷の従者に言伝を頼み、それぞれジオスと王都に戻って行く。