第317話
「それで、セス、ジーク、いったいどう言う事だい?」
「先ほども言いましたが、アリアさんが婚姻により、名前を変えた可能性がもっとも高いのですが、私が調べた限りではアリアと名でジークのおばあ様と思しき方はいませんでした」
エルトは2人に説明を求めるとセスは首を横に振り、在籍記録の中には該当する者はやはりいないようで首を横に振った。
「あの、それではジークさんのおばあ様はアリアと言う名前も名乗っていなかったと言う事ですか?」
「ばあちゃんがジオス出身なのは間違いないんだよ。村の人間もばあちゃんと昔話をしてたからな。だけど、魔術学園の在籍記録にはない。まるでジオス村にアリアって人間は存在しなかったんじゃないかって」
「でも、おばあちゃんはジオスに居たでしょ。それに仮に名前を変えたとして、何の意味があって?」
ノエルとフィーナは意味がまったくわからないようで首を傾げているが、ラースとレギアスはともに今、ジーク達が語ろうとしているアリアの過去に目を閉じ、そのいく末を見守っている。
「魔術学園では今は魔術の才能をある者を求めて、それこそ、身分に関係なく門徒を広げています。しかし、以前は名のある貴族の子息が学ぶ場所でありました。才を認められていたとしても、平民が入学など考えられるわけがないんです」
「待ってよ。でも、おばあちゃんは魔術学園に在籍してたんでしょ。それは間違いないのよね?」
「うむ」
「……なるほど、アリアさんを養子として受け入れた家があると言う事か?」
セスは魔術学園の過去の入学基準を考えるとアリアが入学できるわけがなかったと言うとフィーナはそれくらいは答えてくれると思ったようでレギアスの顔を見る。
レギアスはその質問に短く頷き、エルトはアリアの入学の秘密に気が付いたようで眉間にしわを寄せた。
「そう考えるのが妥当です。アリアさんを養子と向かい入れ、アリア=フィリスとは異なる名を与えた者がいる。しかし、アリアさんを養子にしたにも関わらず、アリアさんに魔法の才能は有りませんでした。期待して養子にしたにも関わらず、魔法を使う事の出来ない娘、それに腹を立てたものが、手を回し、アリアさんの在籍記録を消してしまわれたのではないかと思います……」
「セス、話せ。迷っている時間など、私達にはない」
セスはアリアの在籍記録を消した人間にも心当たりがあるようだが、エルトに伝えるべきか悩んでいるようで言葉を飲み込んでしまう。
その様子にエルトはアンリの症状がいつ悪化するかもわからないためか、セスに話すように指示を出す。
「レギアス様やラース様のような名家の当主様が口を紡がないといけないほどの方がアリアさんの在籍記録を消しています」
「たぶん、ばあちゃんの在籍記録を消したのは王族なんだと思う」
「なるほど……確かに、そう考えるとレギアスやラースが言葉を濁すわけだ」
ジークとセスが導き出した答えは王族がこの件に関わっている事であり、エルトはその言葉に眉間にしわを寄せて頷いた。
「ばあちゃんの年を考えると先代の王様とかなり近い血縁関係にあると思う」
「そうだろうね……しかし、そう考えるとジークが言った私の仕事だと言うのも頷ける」
「正直、王族の事は俺達じゃ、調べようもないからな」
アリアの魔術学園時代の話はすでにジーク達の手でどうにかできる問題でなくなっており、ジークはお手上げだと言いたげに手を挙げる。
「在籍記録とともに消えた資料がどうなっているかだね。資料が捨てられずに残っていれば良いんだけど……ジークの持っている資料は調べるのにまだ時間がかかりそうだし」
「そうだよな。魔術学園に預けに行かないといけないしな」
エルトはアンリの病状を回復させる事に自分だけが何もできていなかったのではないかとどこかで引っかかっていたようで、やれる事が見つかった事に小さく表情を綻ばせるも、ジークはアリアの資料を魔術学園に預ける気のようで苦笑いを浮かべた。
「あの、ジークさん、おばあ様が残してくれた資料を本当に魔術学園に預けて良いんでしょうか?」
「預けて良いんでしょうか? って、それ以外に何かあるか?」
「だって、おばあ様はジークさんが読み解く事を思って残してくれたんですし、それを誰ともわからない人に調べて貰うのは、どうかな? って、思うんです」
ノエルはアリアが何を思って、ジークへと資料を残したのか考え始めてしまったようであり、ジークにアリアの薬の謎を解いて欲しいと懇願する。
「でも、ばあちゃんの薬があれば、アンリ様だけではなく、多くの人を助けられるかも知れないんだ。感傷に浸ってるより、早く謎を解くには魔術学園に預けた方が良いだろ」
「確かに感傷に流されるヒマはないだろうな……しかし、私はノエルと同じでアリア殿の資料はジークが調べるべきだと思う。必要な辞書や参考書があるならば、私がジークに譲ろう」
ジークは効率面を考えており、魔術や魔法の知識が不足している自分より、魔術学園の生徒や教授達に調査して貰った方が良いと考えている。
その様子にレギアスは何かあるのか、ノエルの意見に賛成をし、ジークの援助をしても良いと言う。
「レギアスはなぜ、そう思うんだい? 私も時間の事を考えると魔術学園に持ち込んだ方が良いと思うんだ」
「私はアリア殿の考えの全てをわかるわけではありません。ただ、ジークの目に映らないように資料を他者に預けて、資料を隠していた。自分で教えれば良い事が多くあったにも関わらずに、そう考えると祖母としてではなく、師として、最後にジークに残したものなのではないかと考えられます」
「ジークへの最終試験と言う事でしょうか?」
レギアスはアリアがジークに最後まで自分の技を教えなかった事に何かの意味があると思っているようであり、彼の言葉にセスはレギアスが言いたい事が直ぐにわかったようで最終試験と言うとレギアスは目を閉じて頷いた。
「最終試験って言われても」
「現在のジークはアリア殿から教わったすべてで薬屋を行っている。自分で症状を調べ、それに対する薬を作る事を教えたいのではないだろうか? 自分がいる間ではジークはそんな事をしなかっただろうからな」
「ジークが成長するために必要な事か?」
ジークはどうして良いのかわからないようで、困ったように頭をかくとエルトはどうするべきか考えているようで両腕を組み、頭をひねり始める。
「アリア殿の思いにジークは答える義務があるか……ジーク、魔術学園はジークの薬を研究する事以外にも多くの研究がある。私も忙しいし、今、ヒマになったのはジークだけなんだよね」
「ヒマって、そんなにヒマじゃないんだけど、それに良いのかよ。俺がやったら、どれだけ時間がかかるかわからないぞ」
「大丈夫だよ。私はジークならできると信じてるから」
「そうです。ジークさんなら、おばあ様の期待に絶対に答えてくれます」
しばらく考え込んだエルトはアリアの想いを無視する事も出来ないと思ったようであり、大きく肩を落とす。
その姿にエルトはジークを信じると笑みを浮かべ、ノエルは大きく頷くとジークなら絶対にできると言う。その瞳には迷いなど一切ない。
「……やれば良いんだろ。やれば」
「そうだね。セス、しばらく、ジークを手伝ってくれるかい。私は私でやるべき事をしないといけないから」
「わかりました」
ジークは逃げる事が出来ないと思ったようで、乱暴に頭をかくとエルトはジーク1人では大変だとも思っているようでセスにジークの補佐を命じる。