第315話
「ジーク、私はその話を受けてないんだけど」
「いや、俺達もこの間、カインに頼まれたものを調べた時に初めて、その存在を知ったからな。それらしきものをいくつか見つけたけど、まったく読めなかったけどな」
エルトは自分の知らない情報がジーク達の元にある事に眉間にしわを寄せる。
ジークはエルトの様子に誤魔化したいのかなぜか胸を張って答えた。
「……私が言うのもなんだけど、胸を張って言う事じゃないわよね」
「そ、そうですね」
ジークの様子にフィーナはため息を吐き、ノエルは苦笑いを浮かべる。
「ジーク、その資料は?」
「いや、今は読めるところを探してるところなんだよ……辞書片手でもまったく読めなかったけどな。あれだよな。ばあちゃん、魔法の才能がなかったって言うのにどうして、魔法式で書いてるんだろうな。俺に対する嫌がらせだよな。それも医療系の魔法式なんて特殊なもの、ウチの収入で買えると思ってたのかな?」
「ジーク、落ち込むなら言わなければ良いんじゃないでしょうか?」
資料を読み進めようとジークは努力しているようだが成果はまったく出ておらず、ジークは話す度に気分は沈んで行っており、セスはそんな彼の姿に呆れたようなため息を吐く。
「ジーク、その資料を魔術学園に提出してくれるよね」
「それはするけど……レギアス様は、できなかったって事は理論上ではばあちゃんの薬の作り方を知ってるってわけですよね」
エルトはアリアが書き記した資料があると聞き、ジークに魔術学園への提出を求める。
ジークは自分で読めない事もあり、反対する余地はないため頷くが、魔術学園に送るまでもなく、レギアスから調合薬に魔力を宿らせる方法は教われないかと聞く。
「確かにそうよね。レギアス様がわかるんなら、魔術学園で今更、研究する必要もないでしょ」
「レギアス、ジークにその方法を教える事はできるかい?」
「……難しいですね。できなかったと言うのは感覚的なものもありますから、私以外にもアリア殿の資料を読んで試してみた者もいますが、誰も成す事ができませんでした。できない人間が、我が物顔でジークに教えるよりはジークが自分で学んだ方が良いと思います。理由はわかりませんが、やはり、アリア殿の薬はその血に連なる物しか作りあげられないようですから」
レギアスに再度、注目が集まるが、レギアスが以前に調べた答えはアリアと同様の薬を作る事は出来ないと言う事であり、首を横に振った。
「その血に連なる者? トリス? ルミナ? ジーク=フィリス?」
「何だよ?」
「なぜ、あのトリス=フィリスとルミナ=フィリスの子が、あのような片田舎で薬屋などしているのだ!?」
その時、シュミットは話に付いていけていないようで、聞き慣れない名前をつぶやくがジークの名前に何か気が付いたようで眉間にしわが寄って行く。
その様子にジークは意味がわからないようであり、不機嫌そうな返事をした時、シュミットはそこで初めて、ジークの両親が勇者と呼ばれる人物だと気が付いたようで驚きの声を上げる。
「フィリスの名を受け継いだ者が、そのような事をしているのだ。フィリスの名があれば、どこにでも士官できるではないか。エルト様がこの平民を重用するのはそう言う事か?」
「……」
「あ、あの、ジークさん、落ち着きましょう。今は怒ったらダメです」
シュミットはジークがそばにいた事でエルトが自分を陥れる算段を付けたと思ったようで苦々しい顔をし始めるが、その様子にジークの様子はさらに不機嫌そうになって行く。
ノエルはそんなジークの様子に彼を落ち付けようと声をかけ続けるが、ジークのこめかみにはくっきりとした青筋が浮かび、彼の限界が近いのは明らかである。
「ノエル、放っておけば、その小者には言って良い事と悪い事があるって事を教えた方が良いから」
「その言葉はフィーナが言う事ではないと思うけどね。シュミット」
フィーナもシュミットの態度に腹を立てている事もあり、ジークに限界が来たなら、暴れさせてしまえと言い、エルトは小さくため息を吐いた後、ジークがキレてシュミット殴り飛ばす前に場を収めようとしたようでシュミットの名を呼ぶ。
「エルト様も人が悪い」
「シュミット、黙れ」
「は、はい」
シュミットはエルトに狡猾な部分があったと、彼を見下していた事への謝罪をしようとしたようでうすら笑いを浮かべる。
その様子にエルトは視線を鋭くして彼を睨みつけた。その様子はいつも彼がジーク達に見せるような表情ではなく、彼が放つ威圧感にシュミットは完全に飲まれてしまったようで小さく身体をすくめてしまう。
「シュミット、言って置くが、ジークは私の家臣ではない。関係性を表すなら、友人と言うところだろう。ノエルもフィーナも同様にね」
「友人? 臣下ではないと」
エルトは自分を落ち着かせようと思ったのか、1度、深呼吸をするとシュミットに自分とジーク達の関係を話す。
シュミットは勇者と呼ばれる両親を持っていようが、平民は平民だと思っているようで、その言葉が信じられないのか眉間にしわを寄せた。
「ない。だから、シュミットがジーク達を家臣にしたいと言うなら、私には止める権利はない」
「フィリスの名を継ぐ者がいれば、あの失敗を取り戻す事が出来るかも知れない……ジーク=フィリス。私の家臣にしてやろう。あのような片田舎で薬屋などやって!?」
「……エルト王子、このバカ、撃ち殺しても良いよな?」
シュミットはジークを見下した口調で言った時、ジークは完全に切れてしまったようで、テーブルの上に立ち、シュミットの眉間に魔導銃の照準を合わせて引鉄に指をかけている。
「キレたわね。ここまでキレたのは久しぶりにみたわ。ジーク、1発で決めちゃいなさいよ」
「フィーナさん、笑ってないで、ジークさんを止めるのを手伝ってください!? ジ、ジークさんもそっちの魔導銃はダメです!? そっちは本当に危険です!?」
「ジーク=フィリス、落ち着きなさい。あなたは何をしているのですか!?」
「大丈夫ですよ。俺は落ち着いてますから」
フィーナはジークの様子に楽しそうに笑う。
ジークの構えている魔導銃は冷気の魔力を帯びていない方であり、ノエルはそれに気が付き、顔を真っ青にしてジークを止めようと彼に抱きつく、セスもこのままでは大変な事になるため、彼に声をかけるがジークの目にはすでに迷いなど存在しない。