第314話
「……なんだ。この空気?」
「わからないわよ」
応接室に漂う緊張感にジークは眉間にしわを寄せると、フィーナも騒いでいる場合ではないと思ったようで小さく首を横に振る。
「ジーク、何があったんだい?」
「レギアス様がフィーナに良い相手を探そうかって言い始めたんだ」
「なるほど、カインとの関係を考えるとそれも視野にいれないといけない事だね。私も考えた事があるし」
エルトは自分の席に座るとジークに何があったか聞き、彼の言葉に苦笑いを浮かべた。
「エルト様」
「わかっているよ。シュミット、顔をあげてくれるかい? 話しにくいから」
エルトの様子にセスは彼が無駄話を始め出すと思ったようで、エルトの名前を呼ぶとエルトは表情を引き締める。
その様子にシュミットは余程、居心地が悪いのか小さくなっており、それに気が付いたエルトはシュミットに声をかけた。
「お、お久しぶりです。エルト様」
「そうだね。直接、話をしたのはルッケルの武術大会の前かな?」
シュミットは緊張した面持ちでエルトに頭を下げると、エルトはわざとなのか素なのかシュミットと最後に話した時の事を思い出そうと首をひねる。
「あの、エルト様、それは今、必要な事でしょうか?」
「ん? 確かにそうだね。3人とも急な呼びかけに答えてくれた事、感謝する」
「いえ、エルト様の命ならば、ただ……なぜ、シュミット様にエルト様の召集と言う事を伏せたのでしょうか?」
ノエルはエルトの様子に言いにくそうに声をかける。
エルトはその言葉に頷くとシュミット、ラース、レギアスの3人に頭をさげ、エルトは悪戯心を出していたようでシュミットをだまし討ちで呼び出させたようであり、シュミットが怯えてるためか、代表してレギアスがエルトの真意を訪ねる。
「いや、ルッケルでの事もあるから、私の名前を出すとシュミットが来てくれないと思ってね。まぁ、その時は直接訪ねようかとも思ったんだけど、セスやジークに反対されてしまってね」
「当然です。私はエルト様の臣下として、シュミット様を信用するわけにはいきません」
「流石に暗殺を考えた人間のところに顔を出させるわけにはいかないだろ」
エルトはシュミットを話し合いの場所に呼び出すには仕方ない事だった事と他の手段はジークとセスに反対されたとため息を吐く。
エルトの危機感のない様子にセスは眉間にしわを寄せ、ジークは呆れているのか小さく肩を落とした。
「こう言う事なんだよ」
「確かにセス殿と小僧の言い分はわかります。ワシを同じ立場であれば反対したでしょう」
反対するほどの事でもないと笑うエルト。その様子にラースは眉間にしわを寄せ、レギアスもラースの言葉に頷く。
「賛成してくれる者がいないのはさびしいね。シュミットはあんな事、二度としないと私は思っているんだけど」
「は、はい」
「それは脅迫と変わらないから、それより、早く始めてくれ」
笑顔でシュミットに話しかけるエルト。
その笑顔にシュミットは逆らう事は許されないと思ったのか青い顔をして大きく頷く。
暗殺を企て失敗した者と暗殺されかけた者の力関係がはっきりした様子にジークは多少、シュミットが哀れに思えてきたようで助け船を出す。
「そうだね。セス、始めてくれるかい」
「わかりました」
エルトはセスに説明をするように指示を出すと、セスは1度、深々と頭を下げた後にアンリの症状についての説明を開始する。
「アンリ様がそのような状況になっているとは」
「……なるほど、エルト様はアンリ様の症状を改善するために、ジークの薬を欲しているわけですか?」
セスの口から伝えられたアンリの症状にラースは何か手立てはないかと首をひねるが、レギアスはアリアの薬の特異性を知っているためか、合点が行ったようで大きく頷いた。
そんななか、シュミットはエルトがなぜ、自分にこの話をしたのかわからないようでその顔には戸惑いが隠せないようである。
「私も叔父上から聞いて、ジークの薬の特異性を知ったんだけどね。ジークは無意識にそれを行っているため、どのようにすれば、効果があるかはわからないと言うんだ」
「俺の薬についてはライオ王子に頼んで魔術学園にも研究を頼んでいるんですけど、お手上げ状態なんです。それでばあちゃんの弟子だったレギアス様なら、何か知らないかって思って」
「ふむ……」
ジークとエルトの言葉にその場にいた人間の視線はレギアスに集まった。
レギアスはその視線に何かを考え込み始め、その姿はアリアの薬について語るべきか悩んでいるのかのように見える。
「レギアス」
「隠していても仕方ありませんし、正直に言いましょう。いくつかアリア殿から預かった資料がありました。その中にはアリア殿が調合する薬の特異性についてまとめたものがいくつかありました」
「ありました? それって今はないって事ですか?」
レギアスは眉間にしわを寄せながら、アリアの資料について話し始めるがその言葉は過去形であり、ジークはその言葉に首を傾げた。
「あぁ……16年も前になるだろうか。ウチの屋敷にトリスとルミナが現れたと思ったら、翌日には資料とともに2人とも消えていた」
「……トリスさんとルミナさんって、ジークさんのご両親ですよね?」
「私が知ってる限り、その名前はジークの両親ね。レギアス様が私達の知らない名前を出すわけがないだろうし、それと時期を考えるとジークをジオスに預けて行った帰りってところよね」
レギアスの口から出た名前はジークの両親であり、ノエルは顔を引きつらせ、フィーナは眉間にしわを寄せた。
「……どう言う事ですか?」
「起き手紙にはアリア殿の資料があれば、多くの人が助かるから貰って行くと書かれていたな。実際、私にはアリア殿のように薬に魔力を宿らせる事ができなかった事もあり、アリア殿の娘であるルミナなら仕方ないと思ったのだが、このような事になるとは」
意味がわからないジークの姿にレギアスは何と言ってよいのかわからないようで申し訳なさそうな表情をする。
「それではアリアさんの薬についてはわからないと言う事ですか?」
「いや、私が預かった資料はあくまでも複写だ。同じ資料をアリア殿は偏屈なハーフエルフに預けてあると言っていた。アリア殿はジークにもいつか必要になると言っていたのでな」
レギアスの言葉にエルトはショックを受けるが、レギアスは他にも同様の資料が置いてあると話す。
「アーカスさんの事ね。間違いなく」
「資料って、あれですよね」
「まったく、理解できなかったけどな。せめて、俺に簡単な医療系の魔法式を教えておいて欲しかった」
レギアスの口から出た偏屈なハーフエルフは間違いなくアーカスの事であり、先日、アーカスの家から持ってきた資料の事を言っている事がわかる。