第313話
「シュミット様、申し訳ありません。シュミット様の席はこちらになります」
「何だ? この席は王族である私の席であろう……セス=コーラッド? なぜ、お前がワームにいる?」
エルトのために用意された席にシュミットが座ろうとした時、セスが彼を引き止める。
シュミットは自分を止めた声に不機嫌そうな表情で、声の主を見るとエルト付きのセスがいる事に気が付き、怪訝そうな表情をして聞くが、コーラッド家も貴族とは言え完全に格下に見ているせいか、彼女の言う事など聞かずに席に座った。
「……バカだな」
「そうね。セスさんがいるんだから、状況を少し考えればわかることよね」
シュミットの態度にジークは呆れたようで小さくため息を吐くと、フィーナもまったくの同意見のようで大きく肩を落とす。
「それは、この召集がエルト様の命であるからです」
「な、何を言っている?」
セスはシュミットの様子に半ば呆れながらも彼が王族である事もあり、失礼が無いようにエルトの指示だと告げる。
エルトの名前にシュミットは一瞬、何を言われたかわからなかったようだが、以前に自分が命を狙った相手が非公式ではあるが、対談を求めてきた事に気づくと彼の顔からは急激に血の気が引いて行く。
エルト自身、剣の腕はかなりのものであり、場所はラースの屋敷、ルッケルのイベントでエルトに力を貸したジーク達、ラースもレギアスも自分よりエルトを評価している事に気が付いているようであり、自分以外はエルトと懇意にしている者達に囲まれている事に気づき、エルトが自分を始末しようと思ったようであるが、逃げるわけにもいかないようで直ぐに席を移動すると自分が殺されてしまうかも知れないと言う恐怖に怯えているのか、一言も発する事無くその場で震え始める。
「顔色、悪くなってるわね」
「まぁ、以前にエルト王子とライオ王子の暗殺を企てているからな。エルト王子が仕返しをするために自分を呼び出したと思ってるんだろう」
シュミットの様子にフィーナはいい気味と思っているようで笑顔を見せると、ジークは自業自得だと思っているようでどうでも良さそうに言う。
「あの、セスさん、シュミット様のフォローをしなくても良いんでしょうか?」
「かまいません」
「まぁ、セスさんは小者の味方はしないだろう。小者の企みが利用されてカインの命が狙われたんだから」
ノエルはシュミットの様子に少しかわいそうになったのか、セスにフォローを提案するが、セスはシュミットの態度に彼女自身も腹を立てているようである。
その様子にジークは1つの答えを導き出したようでうんうんと頷く。
「ほう? カイン=クロークとセス=コーラッドは恋仲か? ふむ。ラース、お主の企みもダメになりそうだな。コーラッド家は衰退をしてきてはいる物の名家であり、セス殿の才覚はかなりのものだと聞き及んでいる。あのカインとも引けを取らぬとな」
「な、何を言っている」
ジークの声が聞こえたようでレギアスは楽しそうに頷いた後、ラースへと話を振るが、ラースはレギアスの言葉に驚きの声を上げた。
「おっさんの企み?」
「何だ? ジークは知らないのか? ラースは口ではカイン=クロークに厳しい事を言っているが、なかなか、気に言っていてな。後ろ盾のないカインを思って、自分の娘と縁を結ばせようとも思っていたようだからな」
「そうなのか? ……まぁ、おっさんもカインの事を気に入っているんじゃないかとは思っていたけど、エルト王子からはカルディナとおっさんの奥さんがやる気になっているとは聞いてたけどおっさんもか?」
レギアスの口から出た言葉にジークは少し驚いたようで眉間にしわを寄せた後に、ラースへと視線を逸らすとラースはこれ以上、触れて欲しくないのかレギアスを睨みつけている。
「あり得ないわ。おっさんと身内になるなんて」
「そう言うな。私としては、良い縁談ではないかと思っていたのだからな。カイン=クロークは有能だ。今の臣下の中であの者ほど先を見える者はいないだろう。だから、カインを手元に置こうと考える者も多い。それが出来ないならば、邪魔になる前にと考える者が出てくる。平民1人死のうがどうでも良いとな」
フィーナはルッケルで出会ったカルディナに良い印象などなく、即座に反対をするが、レギアスもカインの実力を認めており、余計な事を言った手前、その才能を高く買っているラースをフォローしようとフィーナをなだめようとする。
「フィーナも落ち着け。しかし、あいつ、評価が高いんだな」
「そうだ。フォルムに飛ばされたとは言え、カインなら、任務を果たし、必ず王都に戻ってこれると信じた者は多い」
「そうなんだ」
純粋にカインを支持してくれている貴族達もいるようであり、レギアスは大きく頷くと、フィーナは少しだけカインの事を誇らしく思ったのか小さく表情を緩める。
口ではいつも悪態を吐いてはいるものの、彼女自身もどこかでカインを気にかけてはいるようであり、そんな彼女の様子にノエルは嬉しそうに表情を緩ませた。
「まぁ、カイン自身もフォルムに領地を貰ったわけだ。そのため、彼に協力する身内を増やさねばならない事も事実。カインに妹がいると言うのなら、知己の弟子に協力しなければなるまい」
「それって、どう言う事だ?」
「何、フィーナの婿を探してやろうと思ってな。カイン本人が狙えないのなら、あまり良くない考えを持った者がその妹に手を伸ばすのは考えられる事だからな」
「な、何を言ってるんですか!? そんなものは必要ありません!!」
レギアスはカインが友人であるフィリムの弟子であるためか、フィーナに良縁を探そうと思ったようだが、フィーナはそんな必要はないと全力で言う。
「俺も止めておいた方が良いと思う。フィーナが貴族の一員と信じられない」
「ふむ。小娘に礼儀などを教え込むのは難しいだろう。あのキツネもそれを危惧しているだろう」
ジークとラースはフィーナを政略結婚で貴族に嫁がせる事は反対のようで首を横に振った。
「ジーク、おっさん、それ、どう言う事よ!!」
「フィ、フィーナさん、落ち着いてください!?」
「ずいぶんと騒がしいね。何があったんだい?」
フィーナはジークとラースの言葉に怒りの声を上げ、ノエルはフィーナに抱きついて彼女をなだめようとする。
その時、応接室のドアが開き、正装に着替えたエルトが応接室の中に現れた。
エルトの姿に今まで雑談をしていたラースとレギアスの空気は一気に切り替わり、その場には何とも言えない緊張感が漂い始める。