第311話
「……と言うか、アーカスさんのところにばあちゃんの資料があるなら、王立の図書館で本を読む必要がなかったな」
「そ、そうですね……お客さん、こないですね」
アーカスの家から回収してきた資料を読んでいると、その資料の中にはジークが王都の図書館で学んできた調合方法も記載されており、ジークはため息を吐く。
その様子にノエルは苦笑いを浮かべるもの、今日も店のお客の入りは鈍く、店のドアへと視線を移してため息を吐いた。
「元々、そんなに客の多い店じゃないからな。冒険者が店を覗くなんて極たまにだし、シルドさんの店にも商品を納めたんだ。2人で食って行くだけの収入はあるんだし、問題はないよ。それにレギアス様とおっさんの言う通り、小者の嫌がらせの影響だとしたら、慌てると相手の思うつぼだ」
「そうかも知れませんけど……やっぱり、不安になりますよ」
ジークは店にいくつかの取引で定期収入もあるため、慌てた様子もない。
ジークの様子とは対照的にノエルは心配で仕方ないようで、ドアへと視線を向けたままである。
「不安って言ったって、何も変わらないだろ」
「ジーク、ノエル、また、店のプレート準備中だけど何かあった?」
その時、店のドアが開き、ノエルの顔が笑顔に変わるが、中に入ってきたのはフィーナであり、フィーナは営業中かわからないためか、2人に聞く。
「……ノエル」
「す、すいません!? また、変え忘れました」
「とりあえず、営業中に変えておくわよ」
フィーナの言葉にジークは眉間にしわを寄せるとノエルは慌てて頭を下げ、2人の様子にフィーナは苦笑いを浮かべてプレートを営業中に変更する。
「本当に、すいません」
「別にそこまで謝らなくても良いけど、それにプレートが変わってても変わってなくてもあまり変わらないし」
「ジーク、それはそれでどうなのよ」
ノエルの申し訳なさそうな姿にジークは気にしなくて良いと笑うが、彼の言葉にフィーナは薬屋としてどうなのかとため息を吐いた。
「そう言うなら、たまりにたまったツケを払って行け。フィーナがツケを払うとかなりの余裕が出るんだけど」
「何度も言うけど、ツケなんて存在しないわ」
「いや、そこまで言い切れるのが信じられないんだけど、それで、今日は何の用だ?」
ジークとフィーナは半分お決まりとなった会話をすると、ジークはフィーナが店に来た理由を聞く。
「別に用ってわけじゃないけど、ヒマだから?」
「ヒマなのはお前だけだ。俺は忙しいんだ」
「忙しいも何もお客さん、いないじゃない」
フィーナにこれと言った用事もないようであり、呆れ顔のジークだが、フィーナはダイレクトにジークの胸の傷をえぐり、店の薬品棚の物色を開始し始める。
「ジ、ジークさん、大丈夫ですか?」
「あ、あれだよな。何で、収入のない原因のフィーナにここまでの事を言われないといけないんだ」
ノエルは心配そうな表情をすると、ジークは相変わらずのフィーナの様子に納得がいかないようで眉間へとしわを寄せた。
「ジーク、これとこれ。代金ね」
「……お前は何者だ?」
「フィ、フィーナさん、熱はないですか? ジークさん、フィーナさんは風邪を引いているんじゃないでしょうか?」
その時、商品を選び終えたフィーナが薬の代金をカウンターに置く。
それは当り前の行動なのだが彼女にしては珍しい行動であり、ジークはフィーナの物珍しい行動に何が起きたかわからないようで間の抜けた表情をし、ノエルはフィーナの具合が悪いと思ったようで慌てて、薬品棚から薬を選び始める。
「……2人ともそれってどう言う事?」
「それだけ、フィーナが代金をふんだくっているって事だろ。それで、これは何のつもりだ?」
「何よ? 私がお金を払ったらおかしいって言うの?」
「おかしいと思ってるから、こんな状況になってるんだろ」
2人の反応に納得がいかないフィーナは頬を膨らませるが、ジークの言い分が圧倒的に正しく、ノエルはこくこくと頷く。
「……納得がいかないわ。この間、あの小者と比較されたから、これからは代金くらい払おうと思ったのに」
「小者の影響か? そう考えるとあんなのでも少しは何か役に立つんだな。固定客しかいないなかで、フィーナが代金を払うようになったんだ。収入的にはプラスだな」
「そうですね」
フィーナはシュミットと出会った事で、行動を改めるきっかけになったようであり、ジークは少し彼女を見直したのかくすりと笑い、ノエルは苦笑いを浮かべる。
その様子にフィーナはむっとしながらも、自分がおかしな事をやっていたと反省はしているようでこれ以上の文句は言えない。
「それで、ジーク、何か見つかった?」
「いくつか、無駄な事をやっていた事実を発見した」
「何を言ってるの?」
フィーナは露骨に話題を変えようと、ジークの調べ物について聞く。
ジークもこれ以上、話を引っ張って、フィーナのへそを曲げられても困るため、その話にのるが、フィーナは意味がわからずに首を傾げる。
「王都の図書館で見てきた調合方法が乗ってるんだよ。ジオスにない薬草類を材料に使うから、調合する事もないようなのも混じってるけどな」
「そうなの? それより、おばあちゃんの薬の魔力についてとフォルムで育てられる薬草については」
ため息を吐くジークだが、フィーナにとっては興味のある話ではなく、前置きはどうでも良いと言う。
「フォルムの方はいくつかあったけど、問題はフォルムですでに育ててないかだな。既存のものなら、意味ないし、野菜の方は専門外だから、シルドさんの店の冒険者や村の年寄り連中に何かないかって話はしてきたけど、新しい物が見つかるかはわからないな。後はばあちゃんの薬の魔力はさっぱりだ」
「役に立たないわね」
「仕方ないだろ。薬草の調合方法の隣に魔法的効果にも効果があるような事は書いてあるけど、魔法式が書いてあって、意味が理解できない。魔法式に関して言えば、ライオ王子に頼んで魔術学園で調べて貰わないといけない。と言うか、ばあちゃんにも魔法の才能がなかったって言ってたのに、何で、こんなに細かく魔法式が書かれてるんだよ」
資料を見ても、魔法や魔術の知識がないジークには理解できない事が多く、ジークはそこに答えがあるにも関わらず、何もできない自分にイラついているのか、乱暴に頭をかいた。
「魔法式なら、ノエルが読めないの?」
「えーと、読めるものもいくつかあるんですけど、専門的なものが多くて、わたしでは理解できないんです」
「そうなの? 何か、無駄よね」
「そうですね」
いくつかの手がかりは見つけているのだが、それをまとめて答えを導き出すには何か足りなく、ノエルとフィーナは困ったように笑う。