第306話
「ど、どうして、エルト様は、そんなに冷静なんですか!? こ、これは大変な事ですよ」
「……驚きの声を上げてもノエルの頭は撫でたままなのね」
セスはエルトの様子に驚きの声を上げ、国内の魔族駐留との事実に困惑しているようだが、彼女の手はまだノエルの頭を撫でており、フィーナは小さく肩を落とす。
「かわいい者を愛でるのに意味なんて、ありませんわ!!」
「……なんだろうな」
「そ、そうですね」
しかし、セスにとっては当然の欲求のようであり、ノエルはどうして良いのかわからずにジークの腕の中で大人しく頭を撫でられている。
「魔族が王都から離れてるとは言え、国内に紛れ込んでいて……ダメですわ。カイン=クロークの転移の魔導機器があるなら、距離なんて関係ありませんわ」
「落ち着いたと思ったら、今度は考え事かい。セスも忙しいね」
「と言うか、息抜きに来たんじゃなかったのかよ」
しばらくノエルの頭を撫でまわした後、セスは彼女の常識から斜め上を行く展開にぶつぶつとこれからの事を考え始めており、エルトはセスの様子に苦笑いを浮かべるが、ジークは全然、セスの息抜きになっていない事にため息を吐く。
「息抜きになってるよ。張り詰めていたものから、解放されたわけだし」
「それ以上の問題を押し付けられた気がするわよ。だけど、良いの。こんなだまし討ちみたいなことで」
フィーナはセスの様子に彼女がどれだけ追い詰められているかもわかるのか、エルトにタイミング的に問題があったのではないかと言う。
「すいません」
「ノエルが悪いわけじゃないだろ。それにセスさんが悩んでるのは相手がノエルだからだろ」
「まぁ、ノエルが相手だと魔族に持っていた偏見を全部、取り払われるわね。私とジークもそうだったし」
ノエルは申し訳なさそうに目を伏せると、ジークとフィーナはセスが何について葛藤しているか理解出来るようでノエルの顔を見た後に顔を見合せて苦笑いを浮かべた。
「それって、どう言う意味ですか?」
「まぁ、気にするな。だけど、セスさんが本当に俺達の協力をしてくれると思ってるのか? 今更だけど、かなりめちゃくちゃな事を言ってるんだぞ」
「だろうね。セスは人族や獣人、エルフやドワーフあたりで考えてたんだろうけど、一気に種族の数が広がったからね」
2人の様子にノエルは首を傾げると、ジークは笑って誤魔化した後、エルトにセスが協力者になってくれなかった時にどうするかと聞く。
ジークはその問いに困ったように笑うが、その目はセスに絶対的な信頼を持っているようであり、自信に充ち溢れている。
「それに、ジークとフィーナはセスが人の事を正当に評価できないような人間に見えるかい?」
「……その言い方って、卑怯よね」
「まったくだよ。そんな人だったら、ばあちゃんの事を頼んだり、頼りにしない」
エルトはジークとフィーナを見てくすりと笑うと、ジークとフィーナもセスを疑う事が出来ないようで大きく肩を落とす。
「ノエルと言う人間を知っているのにそれを見捨てるような事は出来ないよ。まぁ、ノエルの人徳だね。ノエルには他人を寄せつける魅力がある」
「だとしても、答えを出すまでに時間がかかるだろうな」
「そうだね。ジーク、シュミットのところに行ってこようか?」
考え込んでいるセスの様子にジークは1つ、ため息を吐くとエルトは中断していたシュミットとの面会の事を思い出したようでジークの肩を叩く。
「それは日を改めないか? セスさんをこのままにして置くわけにはいかないし、エルト王子とシュミットを2人っきりで会わせるわけにはいかないから、おっさんやレギアス様に確認を取りたい」
「そうよね。いくら何でも、危険すぎるだろうし、おっさんとレギアス様だっけ? その人がいれば、おかしな展開にはならないでしょ」
シュミットとの面会はすでに断れない状況になっており、ジークとフィーナは万が一の事を考えて、ラースとレギアスの同席を提案する。
「そんな必要ないと思うんだけどね。ジークとフィーナは心配しすぎだよ」
「……あります。ジークとフィーナの言う通り、ラース様とレギアス様の同席は必須です」
2人の言葉にエルトは苦笑いを浮かべた時、覚悟を決めたようで眉間にしわを寄せたセスがジークとフィーナの言葉に賛成する。
「セスさん、あ、あの」
「ご迷惑をかけました!? ジーク=フィリス、なぜ、邪魔をするのですか?」
「いや、何度も言うけど、ノエルは俺のだ」
ノエルはセスがどんな答えを出したか気になるようであり、不安そうな表情をすると、セスはノエルの様子に彼女の中に眠るおかしな感情に火が点き、ノエルに抱きつこうとノエルに飛びかかる。
その様子に気が付いたジークはセスの首根っこをつかみ、邪魔が入った事に彼女は忌々しそうにジークを睨みつけた。
「ジーク、よく、セスの行動がわかったね」
「あぁ、俺も飛びつきたくなったからな」
「それはジークにしかわからないね」
ジークもノエルの表情にセスと同じ行動をしたくなっていたようであり、彼のその言葉にフィーナとエルトは何と言って良いのかわからずに眉間にしわを寄せる。
「それで、セスは私の理想の国造りに協力してくれると言う事で問題ないね」
「それは……どこか、納得できないところはありますが、ノエルのような魔族もいるようですし、どうなるかはわかりませんが、協力したいと思います。ですが、エルト様、魔族でこの考えに賛同してくれる者がどれだけいると思っているんですか? こんな無茶苦茶な事に賛同してくれる者がいないなら、まずは人族の中からでも」
セスは頷くものの現実味のないものであり、協力者である魔族も見つからないと思っているようで現実的な事から行こうと当然の主張し始める。
「ジーク、ノエル、今更だけど、協力してくれそうな魔族に知り合いは?」
「えーと、ゴブリン族とリザードマン族、合わせて200人くらいなら」
「……魔族が200人?」
エルトはセスを巻き込めた事もあり、ジーク達の内情を確認するとジークは先日、知りあったゴブリンとリザードマンの人数を上げると予想を超えた人数にセスの顔は引きつって行く。
「ノエル、ノエルのおじさんの領地の人達はどうなの?」
「場所がこの国ではありませんし、ある程度、進まないと参加してくれないと思います。でも、人族と敵対しようとは思っていませんから、安心してください」
フィーナはシイドが納めている領民の協力は仰げないかと聞くが、ノエルは現状では何とも言えないと首を横に振る。