第304話
「いつもは呼びもしないのにくるのに、今回は遅いわね」
ルッケルとワームの連絡係を引き受け、始めての公務を終えた数日後、フィーナはノエルが淹れたお茶を口にしながら、エルトとセスが店を訪れない事に首を傾げている。
「あのな。毎日、毎日、王子が公務をサボっていたら、この国どうなるんだよ? これが普通なんだよ」
「でも、10日間も音沙汰なしって言うのはおかしいです。来ない日が続いても3日くらいです」
ジークはエルトにもエルトの仕事があると言うが、ノエルも彼が店に来ない事に違和感を覚えているのか不安そうに眼を伏せた。
「むしろ、今までが来すぎてる気がするんだけど、それにセスさんにはばあちゃんの事について調べて貰ってるわけだろ。そっちが忙しいんじゃないかな?」
「それはそうかも知れませんけど」
セスに頼み事をしている事もあり、その事でジオスに足を運ぶ時間がないのではないかと言うジーク。
ノエルはその言葉に納得はできるものの、やはりエルトが店に来ない事が心配なのか首を傾げている。
「ねぇ、ジーク」
「何だ?」
「そう言えば、アンリ様の症状の事をどうして、おっさんに話さなかったの?」
「……ずいぶんと突拍子もなく、思い出したな」
「お邪魔します。相変わらず、お客さんがいないね」
その時、フィーナがふとラースにアンリの事を話さなかった時の事を思い出す。
ジークはその様子に小さく苦笑いを浮かべた後、誰かに聞かれてはいけない話のため、店のドアのプレートを準備中に変えようと手を伸ばした時、ドアが開き、エルトとセスが現れる。
「……噂をすれば、何とやらってやつか?」
「ジーク、顔を見るなり、ため息は酷くないかな? 流石に傷つくよ」
「そりゃ、悪かったな」
「今、お茶を淹れてきますね」
相変わらずのエルトの様子にジークはため息を吐く。王族の扱いとしてはかなり失礼なものであるがエルトは気にする様子もなく、店の中に入り、ノエルはエルトとセスの分のお茶を用意するためにキッチンに向かう。
「やっぱり、この味だよ。ジーク、このお茶、私に少し譲ってよ。後、王都で私の従者にこのお茶の淹れ方も教えてよ」
「俺は誰かに物を教えるのは向いてないんだよ。それに王子なら、こんなのお茶じゃなくてもっと美味いお茶をいくらでも飲めるだろ……セスさん、疲れ気味ですね」
エルトはノエルの淹れたお茶を飲むと一息つけたようだが、セスは忙しいようでその顔には疲れの色が濃く出ており、ジークは薬品棚からいくつかの栄養剤を選ぶとセスの前に置く。
「ありがとうございます」
「いえ、俺もセスさんに頼み事をしている身ですから、これくらいはしますよ。これはこの間の試作品を改良したヤツ、後は……」
セスはジークにお礼を言うとジークはアリアの薬について頼んでいる事もあり、苦笑いを浮かべながら当然だと言うと、いくつかの栄養剤の説明をして行く。
「それで、エルト様とセスさんは今日は何の用? 息抜き?」
「そうだね。どちらかと言えば息抜きだね。セスは抱え込みすぎるから、息抜きもできなくてね。このまま根を詰め過ぎると心配だから」
「セスさん、真面目ですからね」
ジークとセスの様子にフィーナはヒマなのか、2人がジオスに訪れた理由を聞く。
その問いにエルトはセスの事の疲労の溜まり具合が気になったようで息抜きをさせようと思ったようであり、ノエルはエルトの気づかいに小さく表情を緩ませた。
「しかし、休んでいる時間なんてありません。アンリ様の事を考えるといつまでもあのままと言うわけにはいきませんから、それに悪くならないと言う保証もありませんし」
「それを言われると、何も進んでいない俺達は申し訳ない気持ちでいっぱいになるんだ」
「は、はい。あの後、わたし達はレギアス様とお話も出来ていませんし」
セスはアンリの事を考えると時間はないと言い、ジークとノエルは自分達は何もできていないため、気まずそうに視線を逸らす。
「ジーク達もつまずいているわけかい? ライオの方もあまり進んでないようだし、簡単には進まないね」
「ライオ王子の方もダメか? 俺達の方は協力者を見つけられないからな。レギアス様も多忙なのはわかるし、それにおっさんにアンリ様の症状の事を話しても良いのかどうかと思ってさ。後はシュミットに聞かれて良いのかもな」
「アンリ様の名前を出せば、レギアス様の直ぐに時間を取ってくれるかも知れませんけど、秘密にしておきたいのなら、話せませんから」
エルトはアリアの薬について何もわかっていない事を察してくれたようで苦笑いを浮かべると、ジークはどうして良いのかわからないようで頭をかき、ノエルは困ったように笑う。
「あー、そう言う事、だから、ジークはあの時、私を止めたのね」
「……フィーナ、その通りなんだけど、話を折るな」
「悪かったわよ」
ジークの言葉にフィーナは先日のワームの件を思い出したようでポンと手を叩くと、ジークはため息を吐いた。
フィーナはジークの様子に少しムッとしたようだが、シュミットと言う悪い見本を見たせいか、少しだけ考えを改めたのか小さな声で謝る。
「確かに、ジーク達はワームに知り合いはラースとレギアスしかいないしね。2人には話しても問題ないと思う。後は、シュミットにも話しておいた方が良いかも知れないね」
「……何を言ってるんだ?」
エルトはフィーナの声が聞こえたのか小さく口元を緩ませた後、真面目な表情になるとラースとレギアスだけではなく、シュミットにもアンリの症状について話しておくべきだと言う。
しかし、ジークはシュミットを信頼などしていない事もあり、エルトの言葉の意味がわからないようで彼の眉間にはくっきりとしたしわが寄る。
「ジークはシュミットを信じてない感じだね」
「正直、無理だろ。言いたくないけど、使えそうにないぞ。王族意識が強すぎて平民の俺達だけならまだしも、おっさんの話も聞かないんだぞ」
ジークの反応に苦笑いを浮かべるエルト。
ジークは先日のシュミットの様子に彼が他者の意見を聞きいれる才覚はないと判断したようで困ったように頭をかいた。
「シュミットに会いに行こう。ジークやラースの話は聞かなくても私の話なら聞くかも知れないし」
「……いや、流石にそれは無茶だろ」
エルトは何を思ったのかシュミットに会いに行くと言い始めるが、彼の無茶苦茶な言葉にジークは大きく肩を落とす。