第301話
「シュミット? ……誰だっけ? 私の知ってる人? いや、こんな奴に見覚えはないわね」
「フィーナ、一応、ルッケルで見てはいるぞ。会ってはいないけど、王族のために用意された特別席に座ってただろ」
「……ルッケルにエルト様とライオ様以外の王族ってきてたっけ?」
「……小娘、今、説明したばかりだろう。ラング様のご子息であるシュミット様だ」
ラースはフィーナにシュミットの説明をするが、フィーナは記憶の片隅にもないようで首を傾げており、ジークはその様子に苦笑いを浮かべ、ラースは大きく肩を落とした。
「あの、ジークさん、とりあえず、治療は終えたんですけど」
「そうか? おっさん、俺達、変な事に巻き込まれる前にジオスに戻るから、ワームからの報告書をくれ」
治癒魔法の光がシュミットの身体に溶け込み、その様子にノエルは治療が終えた事をジークに報告する。
ジークはシュミットが叫んでいた内容から、屋敷に残っていると必ず巻き込まれると確信しているようで、ラースに報告書を渡して欲しいと頼む。
「そうだな……あまり遅くなるとアズ殿にも迷惑がかかるか?」
「そうそう」
「しかし……」
ジークの言葉にラースは納得しかけるが、何か考えがあるのか気を失っているシュミットへと視線を移す。
「おっさん、早くしてくれ。おっさんの言う通り、アズさんにだって、他の仕事があるんだ。早くしてくれ」
「ジーク、まだ帰らないわよ。このバカが邪魔したせいでまだ決着がついてないんだから、おっさん、早く続きするわよ」
ラースが考え事をしている間にもジークのイヤな予感はさらに増しているようでラースを急かす。
そんなジークの考えなど知らないフィーナは、ラースとの模擬試合を中途半端なもので終わらせられないようで木剣を握り直すと庭の広い場所に向かって歩き出す。
「フィーナさん!? ま、待ってください」
「ノエル、フィーナは置いて帰るか? おっさん、しばらく預かっていてくれるか? また、ルッケルからの連絡係の時に引き取るから」
ノエルは慌ててフィーナの後を追いかけようとするが、ジークは彼女の手をつかむ。
すでにジークはフィーナをラースに預ける気のようであり、報告書を渡すように手を出す。
「ジークさん、ダメですよ」
「いや、こう言う時、無職って楽だよな。俺達だとそうはいかない」
「ふむ……1度、面識を持って貰って方が後々の事を考えると良さそうだな。小僧どもはエルト様とライオ様と面識もあるからな。直接的におかしな事は出来ないだろうからな。小僧、小娘、シュミット様が気が付いたら教えてくれ。ワシは小娘をもう少しやってくるのでな」
フィーナを置いて帰る事にノエルは反対のようで頬を膨らませるが、ジークはフィーナがジオスに2、3日いなくても何も困らない事もあり、笑顔で言い切る。
そんな彼の期待を裏切る答えをラースは出したようで木剣を手に取ると、フィーナが待っている庭の中央まで歩きだす。
「ちょ、ちょっと待った!? おっさん、どうして、そうなるんだ? 俺達にだって都合ってものがあるんだ。薬の調合や売り上げの計算とか」
「ほとんどが物々交換のお主の店なら、売り上げの計算などたいした時間などかからぬだろう」
「……はい」
シュミットが目を覚ます前にジオスに帰りたいジークは、ラースに何とか考え直すようにと声を上げる。
ラースはジークの声に1度、立ち止まり振り返るとジオスのような片田舎の村の薬屋の売り上げなどたかが知れていると言い切り、ノエルはその言葉に申し訳なさそうに目を伏せた。
「……ノエル、その反応は凄く傷つく」
「す、すいません。そんなつもりじゃ!? それにわたし、今のお店が好きです。売り上げとか気にしないで今のままだっていいじゃないですか!!」
ジークは自分の店の状況など昔から理解しており、ノエルの反応に胸をえぐられるような感覚に陥るとその様子にノエルは慌てて、ジークの営業方針を誉めようとするが、その言葉がさらにジークのキズをえぐっていき、ジークは膝から崩れ落ちて行く。
「ジ、ジークさん、どうしたんですか!? た、立ってください」
「……ノエル、少しそっとしておいてくれ」
「小娘、ワシが言うのもなんだが、言葉はもう少し選んだ方が良いと思うぞ。まぁ、方法はどうであれ、小僧がこの場に残るようになったわけだしな」
ジークの心境など気が付かないノエルはジークの腕をつかみ、彼を立ち上がらせようとするが、彼のダメージは思いのほか大きいようであり、ジークは力なく笑う。
そんな2人の様子にラースは小さくため息を吐いた後にくちもとを小さく緩ませると、フィーナが待っている場所に向かって、再度、歩を進めて行く。
「あ、あの、ラースさんも置いて行かないでください!? わたしは今、どうすれば良いんですか!?」
「……それくらいは自分で考えろ。お主と小僧の問題であろう。この先もアリア殿の作った店のままで良いなら、そのままで良いだろう」
ノエルは反応の鈍くなってしまったジークの身体を揺らしながら、背中を向けているラースにアドバイスを求める。
ラースは正式なジークとノエルの関係性を聞いているわけではないが、2人を恋人同士と認識しているようで自分が口を出す事ではないと振り返る事無く言う。
その表情はすでにフィーナとの模擬試合を楽しみにしているようで小さく口元を緩ませている。
「遅いわよ。待ちくたびれたわ」
「そう言うな。おかしな邪魔が入ってしまったのと、小僧がグダグダ細かい事を言うのが悪いのだ。まったく、少しは空気を読むと言う事を知らんのか」
「まったくね。まあ、ジークは細かい事でうるさいから仕方ないわ」
フィーナは目の前に立つ、ラースを見て不敵な笑みを浮かべた。
ラースは冗談めかして謝るが、その表情にはふざけた様子などまったくなく、お互いに木剣を構える。
「ラース、これはいったいどう言う事だ!!」
「……本当に空気を読んで欲しいわ」
「まったくだ」
その時、タイミング悪くシュミットが気が付いたようであり、目を覚ますと状況が理解出来ていないにも関わらず、ラースを怒鳴り付けた。
シュミットの声が響き、再び、邪魔をされた事でフィーナとラースは不機嫌そうな表情をするが、シュミットは自分の感情のまま、ラースを怒鳴りつけている。