第299話
「何で、こんな事になったんだ?」
「知らないわよ」
ジークとフィーナは屋敷の庭まで連れて行かれると、ラースは軽い準備運動と言いたいのか彼が使う騎士剣と同サイズの木剣を振りまわし始めるが、やる気のないジークとフィーナはため息を吐いた。
「あの、ジークさんとフィーナさんは準備運動をしなくて良いんですか?」
「しなくて良いかと聞かれると、まずはおっさんの道楽に付き合うほどヒマじゃないから、おっさんを置いて転移魔法でジオスに帰ろうと思うんだ」
「そうね。私もジークもあのおっさんの相手をする理由はないわね」
ラースのとは正反対に準備運動などする気のないジークとフィーナの様子にノエルは首を傾げるが、ジークとフィーナはラースを放置してジオスに帰る算段を始めており、ジークは転移魔法の魔導機器を懐から取り出す。
「それは不味いですよ。アズさんに渡すワームからの報告書を預かってないんですから」
「また今度で良いだろ。それに毎回、相手にすると何か暑苦しいし」
「ダメです。それに、ここでラースさんの機嫌を損ねて、レギアス様との面会がダメになったら困るじゃないですか」
連絡係としての仕事はまだ済んでおらず、ノエルは帰るのを認める事は出来ないとジークの手から魔導機器を取り上げるが、ジークは直ぐにノエルの手から魔導機器を取り返すも、再度、ノエルが魔導機器を取り上げ、懐の中にしまい込む。
「そこにしまわれると手の出しようが、いや、俺はノエルの彼氏なわけだし、手を突っ込んでも問題は!?」
「おかしな事を言うんじゃないわよ」
ジークは魔導機器の保管場所に目を移して舌打ちをするが、今の自分なら、突撃する事が可能だと判断仕掛けた時、彼の後頭部にフィーナから強烈なゲンコツが落とされる事になる。
ジークは無防備な状態での後頭部への衝撃に頭を押さえて地面を転げ回り始める。
「ジ、ジークさん? フィーナさん、何をしてるんですか!?」
「ノエル、気にしたらダメよ。今は確実にジークが悪いんだから」
ノエルはジークとフィーナの間で何があったのか全く理解できていないようで慌てて、ジークに駆け寄ろうとするが、フィーナは彼女を引きとめるとジークが悪いと言い切った。
「で、でも」
「でもはなし……ノエル、なんかイライラするから、私はあのおっさんにぶつけてくるわ」
心配そうなノエルの顔にフィーナは少しだけ、胸の辺りがむかむかとしてきたようであり、ラースが適当に持ってきていた木剣から自分に合ったものを選び始める。
「ジークさん、大丈夫ですか?」
「な、何とか……って、フィーナはどうしたんだ?」
「よくわかりません」
痛みが引いてきたジークはふらふらと立ち上がり、木剣を選び始めたフィーナの様子に首を傾げるが、ノエルもフィーナの心境などわかっていない。
「小娘、やる気になったか?」
「少しだけ相手をしてあげるわ。少し試してみたい事もあるし」
フィーナは木剣を2本手に取ると軽く振り、自分の手に合ったものを見つけたようで小さく口元を緩ませると、ラースは彼女の纏う空気が少しだけ変化した事を感じ取ったようで口元は小さく緩む。
その瞬間、フィーナは素早い動きでラースとの距離を縮め、木剣で彼の身体を薙ぎ払おうとするが、ラースはその攻撃を木剣で受け止めるとと力で彼女を弾き返す。
フィーナはラースに弾き飛ばされるも体勢を崩す事無く着地し、再度、ラースへと向かって行く。
「……何か、あれだな。俺達、置いてけぼりだな」
「そうですね……ジークさんは木剣を選ばないんですか?」
いきなり始まったフィーナとラースの練習試合の様子にジークは少し呆気に取られたような表情をすると、ノエルは苦笑いを浮かべた後、ジークへと視線を移した。
「いや、俺の武器って魔導銃だし、慣れない武器を持つと感覚がずれるんだ」
「そうなんですか?」
「ほら、俺って、フィーナと違って繊細だから!? おい、危ないじゃないかよ!!」
ジークは合わない武器を持つと変なクセが付くと苦笑いを浮かべるもその中にはフィーナの悪口が紛れ込んでおり、その言葉が聞こえたのか本能なのか、フィーナは手にしていた木剣を1本ジークに向かって投げつけた。
ジークは木剣を何とか交わすとフィーナを怒鳴りつける。
「やっぱり、2本は無理ね。この間、ルッケルの武術大会で2本の剣を使いこなす人がいたから、上手く行くかと思ったのに」
「そんな簡単に扱いきれるわけはなかろう。だいたい、小娘、お主の剣では力が足りん」
フィーナ自身はジークを狙ったつもりはなく、邪魔になった1本の木剣を放り投げただけであり、自分の想像通りに動けなかった事に舌打ちをするとラースへと視線を戻す。
ラースはフィーナがおかしな戦いをしていた事に納得していなかったのか、彼女の戦い方が元に戻った事に口元を緩ませると彼女の頭を狙って木剣を振り下ろした。
フィーナは一振りをギリギリで交わすもラースの身体に木剣を打ち込む事もできず、後方に1度、飛んで、ラースとの距離を取る。
「……」
「……」
距離が開いた事でお互いのスキを狙っているのか、フィーナとラースはお互い鋭い視線を向けたまま、ぴくりとも動かない。
「何だ。この空気?」
「わかりません」
いつの間にか真剣勝負になっている2人の様子にどうしたら良いかわからないようであり、ジークは眉間にしわを寄せ、ノエルは苦笑いを浮かべている。
「シュミット様、困ります。ラース様は今、ルッケルの使者とのお会いしていますので」
「何を言っている。田舎の領主の使者より、王族である私を優先するべきだろう。だいたい、平民が使者をするのに有効な物を持っていると言うなら、そんなものは王族である私の命令で取り上げてしまえ。それくらいもわからないバカの話など聞いていられるか!!」
「……何か、変な声が聞こえるな」
その時、こちらに怒声を響かせながら向かってくる人間がいる。
その言葉は明らかにジーク達を見下しており、ジークは耳に届くその声にイヤな予感しかしないようで眉間にしわを寄せた。