第298話
「あのおっさん、良いところに住んでるわね」
「フィーナさん、あまり、色々な物を触るのは」
「フィーナ、壊したって、弁償はできないからな。弁償はお前がしろよ」
連絡係になって初めての定期報告の日にアズから預けられた報告書を手にワームにあるラースの屋敷にジーク、ノエルに加え、今回はフィーナが同行しており、3人は使用人に案内された応接室でしばらく待たされている。
フィーナはラースを待つ事に飽きてきたようで応接室に置いてある高級そうな壺や皿を眺め始めた。
粗暴な彼女がおかしな事をして壺や皿を壊さないか、ノエルは心配のようでそわそわしているが、ジークはフィーナが何かやっても、彼女の責任だと思っているためか、興味なさそうに欠伸をしている。
「しかし、アズさんの屋敷やラング様の部屋にも有ったけど、こう言う物って必要なの?」
「さあな。俺から見ると無駄な物にしか思えないけど、何かあるんだろ。金持ってる人間の考え何か知らない」
「それはそうなんだけど、あのおっさん、こう言う俗物的な物は好まなさそうでしょ」
ジークに取って、飾り物の皿や壺は無意味であり、フィーナも彼の意見に賛成のようでラースの性格を考えるとこんな物を飾って喜んでいるように見えないため、首を傾げた。
「確かにそうですね」
「ワシだって、こんな物を集める趣味はない。ただ、それなりに客人を迎えなければいけない立場にいるのでな」
「ラ、ラースさん!? す、すいません」
フィーナの疑問にノエルが頷いた時、ドアが開き、ラースが応接室に入ってくる。
応接室の外から、フィーナの声が聞こえていたようで、早に入るなり、彼女の疑問に答え、ノエルはラースに失礼な事を言ってしまったと思ったのか、慌てて頭を下げた。
「いや、気にする必要はない。さっきも言ったが、このような物に興味はないが、こう言う物で人の価値を判断するような者もいるのでな。それより、今日はうるさい小娘も一緒か? 何かあったのか?」
「誰が、うるさい小娘よ!!」
「……フィーナ、間違いなく、お前だ」
ラースは応接室の中央にあるソファーに腰を下ろすと、フィーナが同行している理由がに首を傾げた。
フィーナはラースの自分の呼び方に納得がいかないのか、ラースを指差し、大声を上げるが、ジークは彼女の態度に頭を押さえて、ため息を吐く。
「何ですって!!」
「フィーナさん、落ち着きましょう。あ、あの、ジークさん」
ジークの様子にフィーナの矛先は彼に向かい、ノエルはフィーナを落ち着かせようと彼女に抱きつくとジークの名前を呼ぶ。
「おっさん、これ、アズさんからの報告書」
「あぁ、確かに受け取った」
「読まないのか?」
ジークはアズから預けられた報告書をラースの前に置くとラースは報告書を懐にしまってしまい、ジークは直ぐにラースが報告書に目を通すと思っていたようで首をかしげた。
「こんな、細かい報告書をワシが読んで理解できると思うか?」
「……それは正直に、答えて良いのか?」
「わかるわけないでしょ」
ラースは冗談なのか、口元を緩ませるが、ジークは眉間にしわを寄せ、フィーナはきっぱりとラースに報告書を理解できるわけないと言い切る。
「あ、あの、フィーナさん、それはどうかと思うんですけど」
「いや、うるさい小娘の言う通りだ。ある程度の事は理解できるが、実際はワシも小僧どもと変わらん。小僧どもがルッケルの連絡係であり、ワシはワームの連絡係だ。そのワシがルッケル領主のアズ殿からの封書を勝手に開けるわけにもいくまい」
フィーナの失礼なもの言いにノエルは気が気でないようであるが、ラースはそんな彼女の不安を豪快に笑い飛ばす。
「それって、1つ無駄な工程を入れてるだけじゃないのか?」
「気にするな。レギアスも色々と忙しいのでな。時間を合わせるのは難しいのでな」
ジークは、自分達がラースに報告書を渡す意味がないと思ったようでため息を吐くが、ラースは気にする必要はないと首を振る。
「あの、ラース様、レギアス様はやっぱりお忙しいのですか?」
「あぁ、街道整備の件以外にも、先日の薬草を下ろす商人との商談に、他にも色々と仕事を抱えているのでな」
「レギアス様、優秀そうだもんな。そうなると頼めないか?」
レギアスはワームで重要な立場にいる事もあり、多くの仕事を抱えており、アリアの薬について聞きたかったジークは面会は難しいと思ったようで小さく肩を落とした。
「何だ? レギアスに用があったのか?」
「は、はい。ジークさんのおばあ様のレギアス様に聞ける事はないかと思って」
「ばあちゃんの弟子だったなら、俺の知らない薬の調合法とかも聞いてないかと思ってさ。カインに転移の魔導機器を貰ったのは良いけど、参考書での勉強は性に合わなくてな。それで話を聞ければ良いと思ったんだよ。すぐにじゃなくても良いから、約束ってできないかな?」
ジークはアリアの調合薬の特異性についてラースに話しても仕方ないためか、適当に誤魔化しながら、レギアスと面会時間は取れないかと聞く。
「ふむ……」
「あの、無理でしょうか?」
「いや、聞いておこう。レギアスも小僧の事を気にかけているようだしな。しかし、あ奴も忙しい身だ。すぐに時間が取れるとは思うんじゃないぞ」
ラースは少し考え込むと、レギアスにジーク達が面会を望んでいる事を伝えてくれると言う。
「それはわかってる。こっちも報告書を持って何度もワームにくるんだし、全然問題ない」
「はい。よろしくお願いします」
「ほう?」
ジークとノエルはラースに向かってお礼を言うと、深々と頭を下げた。
ラースはジークが自分に頭を下げた事に珍しい物も見たと言いたげな表情をする。
「何だよ?」
「いや、珍しい物を見たと思ってな。それで、小僧と小娘の用件はわかったが、そっちの小娘は何しにワームについてきたのだ?」
「何となくよ」
ラースの表情にジークは少しムッとしたようで不機嫌そうな表情をすると、ラースは小さく表情を緩ませた後にフィーナが付いてきた理由がわからない事もあり、彼女に同行の理由を聞く。
しかし、フィーナ自身、特に目的もなかったようで迷う事無く、用事はないと言い切ると、応接室の中は微妙な沈黙が広がる。
「フィーナさん、それはちょっと」
「……まぁ、良い。それにせっかく、ここまできたんだ。小僧、小娘、少し付き合え」
ノエルは大きく肩を落とすとラースは呆れ顔で1度、ため息を吐くが何かあったのか、ジークとフィーナに付いてくるように言うとソファーから立ちあがった。
「付き合え?」
「最近は、レギアスの仕事を手伝っているせいか、身体が鈍って仕方ない。せっかく、来たんだ。少し相手をしろ」
「はあ?」
「何でよ?」
「良いから、付いて来い」
ラースは剣の稽古がしたいようでジークとフィーナを指名すると、2人はやる気などなく首を振るが、ラースは2人の首根っこをつかむと2人を引きずって歩きだし、その後をノエルが慌てて追いかける。