第295話
「はい……誤解は解けていたと思い込んでいただけでした」
「それって、どう言う事よ? アルティナさんがノエルのお父さんを裏切ったって言うの?」
ノエルは目を伏せて、1度、小さく頷く。
フィーナはノエルの様子に裏切ったのがレムリアの恋人でもあったアルティナだと思ったようで眉間にしわを寄せた。
「違います。アルティナさんは領地を出て行く時にわたしとレムリアお父様に約束してくれました。一緒に同じ世界を見えるように全力を尽くそうって、そう言って笑顔で人族の街に戻って行きました」
「……他の冒険者に共存を望まない奴がいたんだな?」
「はい……」
ノエルは声を上げてアルティナの無実を主張すると、ジークは直ぐにアルティナ以外の冒険者が裏切った事が理解できたようであり、その言葉にノエルは悲しそうに頷く。
「何よ。それ? 助けて貰って、ケガが治るまで世話までして貰ったんじゃないの? それなのにそれって酷いわよ」
「そうだな……でも、やっぱり、怖かったんだろうな。人族の血肉を好むと言われ、圧倒的な力を持ったドレイクが、領地に住む事で戦力がある程度は計算できる。そうなるとどうしてもな」
フィーナは話を聞いていてよほど頭にきたようで、両手をテーブルに叩きつける。
ジークもフィーナと同様に納得がいかないようだが、ノエルと知り合う前の自分がドレイクの領地で冷静に居られるかと言われるとやはり難しく、困ったように頭をかく。
「ジーク!!」
「怒鳴るな。ノエルと初めて会った時、俺もフィーナもその冒険者と同じような反応だっただろ?」
「だとしても、その人達は、ドレイク達にお世話になった恩があるわけでしょ。偏見じゃないドレイクを見る機会が与えられたわけでしょ!!」
ジークの反応にフィーナの矛先はジークへと向かうが、ジークは彼女とは違い落ち着いており、ノエルと初めて会った日の事を思い出したようで苦笑いを浮かべた。
その言葉に少しだけ冷静になったフィーナだったが、自分達と同様に偏見を取り除くだけの時間が与えられたのに、それを無視した事が許せないようで彼女の額にはくっきりと青筋が浮かんでいる。
「あぁ、だけど、違うんじゃないか? 俺とフィーナはノエルとしか接してない。それにノエルは……なぁ」
「……若干、言いたい事はわかるわ」
「あ、あの。ジークさん、フィーナさん、それって、どう言う意味ですか?」
ジークはその冒険者達がドレイクと住んで感じたものは、自分とフィーナがノエルと過ごす間に感じたものとは違うのではないかと言う。
フィーナはジークの様子にノエルへと視線を移すと彼女の身体能力の低さや性格など、ノエルとともに過した時間を思い出したようで眉間にしわを寄せるとノエルはバカにされているような気がしたようで首を傾げた。
「ノエルは気にしなくて良い。フィーナを冷静するために必要な過程だったんだ」
「そうなんですか? わかりました」
「あぁ、俺達は対等、もしくは人族の村にノエル1人だったけど、その冒険者達は多くのドレイクの中に囲まれているんだ。いつ殺されてもわからないと感じてもおかしくはない。その不安がさらに不安を呼ぶ」
ノエルの様子にジークは苦笑いを浮かべて誤魔化すと、彼女は特に疑う事無くジークの言葉を信じたようで小さく頷く。
ジークはそんな彼女の顔を見て小さく表情を緩ませた後、冒険者達の不安が手に取るようにわかるようで困ったように笑う。
「そうですね。その不安を取り除く事ができなかったんだと思います……だから、あんな事になってしまったんです」
「あんな事?」
「領地を出て人族の街に戻った冒険者が国に駆け込み、ドレイク討伐の軍の編成を要請したってところだろ」
ノエルの様子や話から冒険者達が取った行動は1つしかなく、ジークは乱暴に頭をかく。
「それなら、ドレイクと人族で戦争になったって言うの? この国の話じゃないわよね? どこで他国の話だとしてもドレイクと人族の戦争だって言うなら、国を超えて噂になってもおかしくないわよ」
「そうだな。ノエルが生まれてから起きた事だし、そんな大事になっているなら、噂として届いてもおかしくないよな」
しかし、ジークとフィーナには近年で人族と魔族の間で戦争が起きたなど聞いた事はなく、2人は首を傾げた。
「はい。元々、わたしの住んでいた場所には古代の魔導機器が眠っている場所でした。そこで見つけた魔導機器とかを調べたり、使ったりしていて」
「外部からの侵入者を防げるようになってたんだな。そう言えば、転送装置もあったわけだし、何か納得した」
「はい。アルティナさん達が領地に迷い込んだのはたまたま、魔導機器を停止させて整備を行っていた日だったので、本当に偶然だったんです」
ノエルの養父であるシイドが管理している土地は多くの魔導機器であったようであり、戻って行った冒険者達が軍を連れて帰ってきた頃には見つかられないようになっていたと言う。
「その偶然が悲劇を生んだわけね」
「はい。軍隊はドレイクの領地が見つからない事に苛立ったようで、冒険者達が嘘を吐いている可能性もあると言って、拷問によって領地の場所を吐かせようとしたそうです。その時に1番初めに犠牲になったのが……」
「共存を望んだアルティナさんってわけか? ……胸くそが悪くなる話だな」
動き出した軍隊は歯止めなど聞くわけもなく、情報を持ってきた冒険者達にまでその牙を向けたのである。
ジークはその話に流石に嫌悪感を覚えたようで舌打ちをした。
「はい。アルティナさんはレムリアお父様と恋仲でしたし、裏切り者として、そして、レムリアお父様を呼び出す餌として、領地のそばで拷問を受けました」
「それにノエルのお父さんは気が付いてしまったって事?」
「そうです……」
レムリアとアルティナに起きた悲劇をノエルは何とかしぼりだそうとするが、ジークとフィーナは聞くまでもなく、その時の状況を理解できたようで2人は手でノエルを静止するとノエルは小さく頷き、言葉を飲み込んだ。
「あ、あの。お茶、冷えてしまいましたね。わたし、温かいのを淹れてきます」
「ノエル」
「ジーク、ちょっと待ちなさい。ノエルだって、抑えきれない感情があるでしょ」
ノエルは言葉を飲み込んだと同時にその瞳からは涙があふれ出し、逃げだすように立ち上がり、キッチンへ向かって行く。
ジークは慌ててノエルを追いかけようとするが、フィーナは彼の服をつかみ、引き止めると首を横に振った。