第291話
「セス、どうしようか?」
「……私が反対しても話しますよね」
ノエルの食いつきようにエルトは少し考えるような素振りをするとセスに意見を求めた。
セスはそんなエルトの姿に彼の中ですでに結果が決められていると思ったようで大きく肩を落とす。
「そんな事はないよ。3人がどうしてもと言うなら、話をしておいても良いかな? と思っただけだよ」
「しかし、ただの噂話ですし、それに面白い話ではありませんし」
エルトは口元を小さく緩ませると、セスは話す必要のない話だと思っているようで首をひねる。
「そう言われると凄く気になるんだけど」
「はい。エルト様、聞かせてください」
セスが言葉を濁している事で、フィーナの興味は引かれたようでくい気味になり、ノエルは元々、魔族討伐と言う話でもあるため、聞き逃がすわけにはいかず、2人はエルトとの距離を縮めた。
そんな2人の様子にジークは2人が考えている事は全く違うんだろうなと思ったようで苦笑いを浮かべている。
「1度、落ち着こうか?」
「そうだな。ノエルもフィーナも席に戻れよ。話しにくそうだし、後は一応、プレート変えておくか?」
ジークはノエルとフィーナに席に戻るように言うと、王都に広がっている噂話の内容にノエルが自分が魔族だと口を滑らせる可能性が否定できないようで、余計な人間が入ってこないように入口のプレートを『準備中』に変えようと立ち上がり、店の入り口に向かって歩き出す。
「ジーク、言い忘れてたけど、私とセスがジオスに来た時から、プレートは準備中のままだったよ」
「はい。調合で忙しいから、店は休業日なんだと思っていました」
「……また、やっちまった」
「お客さん、来ないわけです。また、変え忘れました」
そのジークをエルトは呼び止めると、エルトとセスの口から聞かされた事実にジークは眉間にしわを寄せ、ノエルはプレートを変えるのは自分の仕事のためか、自分の失敗を責めるかのように肩を落とす。
「良いでしょ。本当に薬が必要なら、みんな準備中でもドアを叩くし、中にいないってわかったら、シルドさんの店に行くし」
「……それも納得がいかないんだけどな。だけど、フィーナの言う事も一理ある。ノエルも落ち込む必要はないから、次は忘れないようにしよう」
「わかりました。気をつけます」
フィーナはジオスではそれくらいの事は村人達には些細な事と処理される事もあり、どうでも良いと言った感じであり、ジークは納得がいかないものの、自分が引きずっていてはノエルがいつまでたっても落ち込んでいると思ったようで彼女を励ます。
ノエルはジークの言葉に小さく頷くと、同じ失敗を繰り返さないと誓うように決意する。
「……また忘れるだろうね」
「よくやる事よ。ノエルが来る前から、と言うか、おばあちゃんがいる頃から」
エルトは何度もプレートの変え忘れを見ているようで苦笑いを浮かべるが、フィーナはあまり興味がないのか、それとも、カインのいる場所に強制連行される話が流れたためかどうでも良さそうにお茶を口に運ぶ。
「それじゃあ、始めようか?」
「お願いします」
全員が席に戻るとエルトは1度、準備は出来ているかと確認を取り、その言葉にノエルは大きく頷く。
「えーと、ノエルはいなかったけど、ジーク、フィーナ、アンリの症状について覚えている?」
「アンリ王女の症状? 風邪に良く似た症状だけど、魔法に起因しているんじゃないかって話だろ?」
エルトは王室でラングから聞かされたアンリの病状について確認すると、ジークはエルトの質問の意味がわからないのか首を傾げながら答える。
「……その魔法を使っているのが、魔族だと言う噂が王都に広がっています。その噂では魔族が国家転覆を謀り、アンリ様の命を奪う気だと、そして、その魔族はワームの周辺の森に潜んでいると」
「そんなわけ、ありません!! ギ……」
エルトはセスに視線を移すと、彼女は1度頷き、エルトに代わり、王都で広まり始めている噂について話し始める。
その噂はアンリに魔法をかけているのは魔族であると言うものであり、知っている者には噂の先にはワームのそばで暮しているゴブリンやリザードマンへと敵意を向けるように企まれているように見え、ノエルは勢いよく立ちあがり、ゴブリンとリザードマンの疑いを晴らそうとするが、彼女の様子にジークとフィーナは慌てて彼女の口を塞ぐ。
「セスさん、その噂って、どこまで信じているんですか?」
「そうですね。今のところは信憑性もありませんので、私はあまり信じておりません。ただ……」
「ただ? どうしたんですか?」
セスは噂話は所詮、噂話だと鼻で笑いたいようだが、何か引っかかるところがあるようで言葉を濁す。
そんな彼女の様子にジークはセスの口から出る次の言葉が気になるようでもう1度、彼女に意見を求める。
「場所が気になります。ワームはルッケルとも近い。ジークは覚えていますか? ルッケルのイベントでカインの胸を貫いたあのドレイクを」
「……覚えています」
「ドレイク?」
セスはワームのそばにゴブリンやリザードマンが住んでいる事も知らないため、噂で言われている魔族は先日のルッケルでジーク、カイン、セスの3人が取り逃がしてしまった片目だけが金色のドレイクではないかと思っており、彼女の視線は真っ直ぐにジークに向けられた。
その言葉にジークはあのドレイクを取り逃がしてしまった事、立ち会った事で理解するしかなかった圧倒的な力量差を思い出したようで唇をかむ。
しかし、ドレイクの事はノエルとフィーナには伏せられていたようでフィーナは首を傾げた。
「……フィーナは気を失っていたから、見てなかったけど、イベント中にカインの胸を貫いた犯人だ。片目だけが金色だった」
「片目だけが金色のドレイク?」
話が出てしまったからには言わないわけにもいかないと思ったようで、ジークは乱暴に頭をかくと自分達が出会ったドレイクの特徴的な目について話すとノエルはそのドレイクの特徴に何かあるのか小さな声で周りに聞こえないようにつぶやく。