第290話
「で、フィーナ、お前は何しにきたんだ?」
「何しにって、お茶を飲みにきたって言ったでしょ」
ジークとノエルがお茶を手に戻ってくると、ジークは新しく淹れたお茶をカップに注ぎながら、フィーナが店を訪れた理由を聞く。
その言葉にフィーナは本当にお茶を飲みにきたようでため息を吐いた後、カップを持ち、お茶を口に運んだ。
「……働け。無職」
「無職じゃないって何度、言わせる気よ?」
フィーナの言葉にジークは大きく肩を落とすが、フィーナにとって無職扱いされる事は面白い事ではないため、ジークを睨みつける。
「ジークさん」
「まぁ、ジークが言う事もわかる気がするけどね」
再び、火が点きだし始めそうな2人の様子にノエルはため息を吐くが、エルトはジークの言いたい事もわかるのか苦笑いを浮かべている。
「何?」
「フィーナ、睨まないでくれるかい?」
ジークだけではなく、エルトからも無職扱いされたと思ったようでフィーナはエルトへと鋭い視線を向けるとエルトは困ったように笑う。
「なら、どうして、私を無職扱いするのよ?」
「いや、単純にフィーナって働いてるのかな? って、思ってね。ジークとノエルと一緒に動いてるのは聞いてるけど、基本的にこの2人は薬屋だろ。それ以外の時にフィーナは誰と仕事をしているのかな? と思ってさ」
納得がいかなさそうなフィーナの姿にエルトはフィーナが普段、どんな仕事をどんな人達としているのか気になったようであり、質問するが、その質問にフィーナはエルトから視線を逸らす。
その様子からフィーナがジークとノエル以外の人間とは仕事をしていない事は明白であり、その場には部妙な空気が流れる。
「おい……最近はそれでもシルドさんの店に1人で行くようになっていたから進歩したかと思っていたけど、本当に仕事をしてないのか?」
「う、うるさいわよ。私の才能に見合うだけの仕事がないんだから」
「あれですね。フィーナ、お仕事を探しましょうか?」
先日からシルドの店にしっかりと顔を出していた事もあり、ジークは少しだけフィーナを見直していたのだが、シルドの店に行くだけで、冒険者としての仕事をしておらず、その事実にジークは大きく肩を落とす。
フィーナは自分にふさわしい仕事はないと主張し始めるが、それは誰の目から見ても言いわけであり、セスはフィーナをまともな道に進ませようと思ったのか優しい目をして言う。
「ちょ、ちょっと待って。私は冒険者よ」
「口で言うだけなら、誰でも冒険者だな」
セスにまで言われてしまった事でフィーナは焦ったのか声を大きくして言うが、ジークはすでに呆れ顔である。
「フィーナ、仕事を受けてないみたいだけど、日々の生活費はどうしてるんだい?」
「それは家でご飯食べてるわよ」
「食費は家に入れてる?」
「食費? そんなものは入れてないわよ」
「……どうしよう。ダメな人間だ」
仕事をしていなくても、平気な顔をしているフィーナの様子にエルトは彼女の出費について聞くが、彼女自身、村長である父親に完全に寄生しており、エルトは彼女の様子に大きく肩を落とした。
「この調子で、ウチの商品も盗んで行くからな。基本的に村は子供が少ないから、子供に甘かったんだよ。特にフィーナは女だしな」
「あれだね。フィーナはカインにいろいろと叩き直して貰った方が良いかも知れないね。フィーナ、フォルムは人手が足りないようだから、カインを手伝いに行く気はないかい?」
「ま、待って。どうして、そんな話になるのよ?」
エルトは今のままではフィーナは成長しないと思ったようで、実の兄であるカインの下で1から学んだ方が良いと言うが、フィーナはカインと一緒などまっぴらごめんだと言いたいようで大きく首を横に振る。
「いや、実際、人手も足りていないようだしね。カインもフィーナなら使いやすいと思って、それに知らない土地にいるなら、家族がいた方が心安らぐんじゃないかな? とも思ってね」
「確かに遊んでいるなら、何かの役に立った方が良いな」
「いやよ。あんなクズの下でなんて働く事になったら、休憩なし、まともな食事も無しに決まってるわ」
エルトはカインの心のケアのためだと言うとジークもフィーナの性根を叩き直すためにカイン下に送る事は賛成であり、大きく頷いた。
しかし、フィーナはカインの事を毛嫌いしているせいか、絶対に行かないと叫ぶ。
「そんな事はないと思いますけど、カインさん、そう言うところはしっかりしてそうです」
「休憩なしで栄養も不足すると作業能率が下がりますから、その面に関しては問題などないと思いますわ」
「う……」
ノエルとセスはカインがそんな事するわけがないと言うと、完全にカインの下に連れて行かれそうな空気にフィーナは息を飲むと何か逃げ道を探そうとしているのか、そわそわと視線を動かしている。
「そ、そうだ。エルト様、ルッケルとワームの街道整備が王都から魔族討伐の兵を出すためだって噂があるんだけど、それって、本当ですか?」
「……明らかな。話題逸らしにきたな。だいたい、その話は噂でしかないって、アズさんもおっさんも言ってただろ。フィーナにも話したよな」
フィーナは話題を変えるために、シルドの店で聞いた噂話についてエルトに聞く。
ジークは先日、ルッケルでアズとラースに確認した事をフィーナにも話しており、フィーナの様子にため息を吐いた。
「アズさんを疑うわけじゃないけど、それはルッケルとワームの考えでしょ。街道整備には王都からだって援助があるんだから、現政権の考えだってあるでしょ。そ、それで、王都では何か話題になってますか?」
「魔族討伐? 先日、ジオス周辺で魔族が出たって、噂だね。一応は兵士や騎士の編成は今のところ予定はないよ。ただ……」
フィーナは話を戻したくないため、まくしたてるように言うとエルトの耳にもゴブリンとリザードマンの目撃情報は届いているようであり、その噂を否定する。だが、何か気になる事があるようで、ジーク達に話すべきか悩んでいるのか首をひねる。
「何かあったのか?」
「ちょっとね。1つ、気になる噂があるんだけど、信憑性も何もないんだけど、ちょっと、王都の貴族達が騒ぎだしそうで困っているんだよ。その噂が広がれば魔族討伐の編成がされるかも知れない」
「そ、それって、どう言う事ですか?」
エルトの耳には他にも魔族に関する噂話が届いているようであり、困ったように笑うとノエルは魔族討伐など絶対に阻止したいため、身を乗り出して詳しく教えて欲しいと言う。