第289話
「甘やかしてるって、俺はお子様か?」
「対応としてはノエルが正しいと思いますよ。あの、カイン=クロークでさえ、正式な場ではしっかりとした対応をしていますから」
ノエルとエルトの会話にジークは苦笑いを浮かべると、セスはノエルの対応が正しいと思っている事もあり、ジークの言葉にため息を吐く。
「そう言えば、あの時もそんな感じだったな……と言うか、シュミットの話ってカインにもしておいた方が良いのか? あいつなら、何か、良い考えを出してくれそうな気がするし」
「いや、カインはカインで忙しいからね。ワームの事はワームにいる人間でどうにかするべきだと思うよ」
ジークはシュミットがおかしな事を実行する前にカインの意見も聞いて、封鎖してしまった方が良いと考えるが、エルトはカインの負担を減らしたいと思っているのか首を横に振った。
「そうか?」
「あぁ。だから、ジーク、頑張ってね」
「待て。ワームの人間にって言ってるのにどうして、俺に何かをさせようとする?」
エルトはカインではなく、ジークにシュミットの事を軽い感じで押し付けるが、ジークからしてみれば、国の問題に巻き込まれる意味がわからないため、眉間にしわを寄せる。
「ほら、私は自分の出来ない事は出来そうな人間にやって貰おうと決めたからね。ジークとなら、連絡も取りやすいし、私がジオスに来て、店でだらだらしている事を知ってるのはライオと叔父上、セスくらいだしね」
「……いや、まずはジオスに来る回数を減らせよ」
エルトがジオスに来ているのはあくまでもお忍びであり、せっかくの機会だからワームの内情調査をジークにさせるつもりのようであるが、ジークは仕事をする上やエルトの安全を考えるとあまりジオスをうろちょろして欲しくない事もあり、大きく肩を落とす。
「と言うか、エルト王子、俺に何をさせるつもりなんだよ。シュミットの性格を考えれば、俺やノエルに接触してくるような事はないだろ。ただでさえ、俺の店を潰そうって画策してるんだ。そんな人間に接触してきて何になる? 店を潰されたくなければ従えとでも言うつもりか?」
「ありそうだね」
「……確かに、そうですね」
シュミットは自分が流した噂で、ジークの店が窮地に陥ると思い込んでいるが、実際は悪質な噂話など、ジークに取っては痛くもない。
それでも、ジークは噂話だけでは終わるとは思ってもいない事もあり、シュミットの次の手を予想するとエルトは苦笑いを浮かべ、セスは眉間にしわを寄せた。
「接触してきたら、『ラング様に報告はさせて貰う』って、言ったら、シュミットの顔って青くなるかな?」
「シュミット様はわたし達とラング様が取引をしているって知らないですよね」
シュミットが自分達と接触を試みた時に、ラングの名前を出したらどんな表情をするのか、少し楽しみになっているようで口元を緩ませる。
ノエルはジークの言葉にシュミットがラングから叱責を受ける姿が目に浮かんだようで気まずそうに笑う。
「まぁ、できるだけ、そうならないようにしてよ。ジークは頭の回転も速いし、できると思うんだ。シュミットが単独で動いているなら、その鼻っ柱を叩き折ってくれれば良いし、誰かに利用されているようなら、その相手とシュミットを引き離して欲しい」
「いや、その前に俺はあくまでルッケルとワームの連絡係であって、そっちの奥まで足を踏み入れるような事はないと思うんだけど」
エルトは改めて、シュミットの事をジークに頼むが、ジークはそこまで足を突っ込める立場にないと思っているようでため息を吐いた。
「確かにそうですね。今回の街道整備はあくまでもルッケルの領主であるアズ様とシュミット様の名の下ではありますが、全て、レギオス様が行っております。シュミット様に取り入って、仕事を独占しようとした人間もいたようですが、レギオス様はそのような者とは取引をするような人物ではありませんし」
「私欲で動く人とも思えないからな。そこら辺は安心だろ。と言うか、レギアス様とおっさんを見てるとそれこそ、俺達がシュミットと関わる事がないと思うぞ」
「そうですね。シュミット様の行動にお2人とも呆れていましたし、そんな状況でジークさんと面会をさせるとは思えないですね」
レギアスとラースの性格を考えれば、現状でジーク達とシュミットをワームで合わせる事は考えられず、その場には微妙な沈黙が流れる。
「ノエル、お茶飲ませて……あれ? エルト様とセスさん? また、こんなところに来て、公務は良いの?」
「……うるさいのがきたな」
その沈黙をぶち壊すように店のドアが勢いよく開き、フィーナが店に入ってくる。
フィーナはエルトとセスの姿を見て首を傾げるが、フィーナ自体、話し合いに向かない事もあり、ジークは眉間にしわを寄せた。
「ジーク、今の言葉って、どう言う事?」
「そのままだ。後、もう少し、静かにドアを開けろ。お前のバカ力だとドアが壊れる」
「女の子が、ドアを開いただけで、ドアが壊れるわけがないでしょ。ジークも笑えない冗談を言わないでくれる?」
「冗談? 俺はそんな笑えない冗談を言う気はないけど」
フィーナはジークの一言が癇に障ったようだが、ジークは粗暴な彼女にもう少し考えろと言う。
その言葉にフィーナのこめかみにはぴくぴくと青筋が浮かぶが、ジークがフィーナに気を使うわけがない。
「フィ、フィーナさん、落ち着いて下さい。い、今、お茶を淹れますから、座ってください。ジークさん、少し手伝ってください」
「ちょ、ちょっと、ノエル?」
フィーナの様子から、このままでは彼女がジークに飛びかかるのは目に見えており、ノエルは慌てて立ち上がるとフィーナをイスに座らせ、ジークを店の奥に引っ張って行く。
「ノエルはこの2人に挟まれて大変ですね」
「そうだね」
「……」
ノエルに言われては形無しのジークの様子に改めて、2人がお似合いだと見えたようでエルトとセスは苦笑いを浮かべた。
しかし、口では割り切ったと言ってはいるものの、フィーナはまだ、どこかで引っかかっているのか、少しだけ寂しそうな表情をしている。