第286話
「それに関しては同感だが、エルト様の性格を考えるとラング様以外に手綱を引けるのはいないであろう」
「うむ。確かに最近のエルト様はキツネがそばにいなくなったせいか、その暴走も目に余るものがあるからな」
レギアスはジークのシュミットへの評価に納得がいく部分が多いようだが、エルトをラングの目の届かないところに置くのは不安なようで苦笑いを浮かべた。
王都から遠く離れたワームにも最近のエルトの様子が聞こえているようで眉間にしわを寄せる。
「あの、それって、カインさんがいる時はエルト様の行動は抑えられていたって事ですか?」
「うむ……」
「いや、どちらかと言えば、カインと会って、世界が広がったせいでさらに暴走に拍車をかけたんじゃないのか?」
ノエルは頭をよぎった疑問を口に出す。彼女の疑問にラースは肯定をすると自分がカインを認めている事がばれてしまうためか、口をどもらせてしまう。
ジークは先日、ルッケルの騒ぎを終えた後、店を訪れた時にラースがカインを認めている事に気づいているためか、突っ込む事はなく、エルトの暴走はカインに起因しているものが多いのではないかと言う。
「ふむ。カイン=クロークとエルト様か? 確かにそれはあるかも知れんな。あの者はエルト様の目と言っても過言でないであろう」
「目ですか?」
「あいつの場合はいろんなものを見過ぎだろう」
レギアスのカインへの評価にノエルは首を傾げるが、ジークは呆れたようなため息を吐く。
「そうだな。キツネは余計なものを見過ぎる。だから、多くの者を全てを作る上のコマとしか見てないところがある」
「おっさん?」
レギアスがカインをエルトの目と例えた事にラースは何か思い当たる節があるのか、苦虫をかみつぶしたような表情を見せるとジークはラースの表情に何かを思ったのか首を傾げた。
「あの、ラース様、それって、カインさんは自分自身もそのコマの1つだと思っているって事でしょうか?」
「ノエル、どうしたんだ?」
ノエルはラースの言葉に何か思い当たる節があるようで、真剣な表情でラースに聞く。
ノエルの突然の言葉にジークは意味がわからないか彼女の名前を呼んだ。
「前に言われたんです。あの日、ルッケルのイベントでカインさんが大ケガをした時、取り乱して、治癒魔法も使えなくなっていたわたしに『この先を考えるとカインさんより、わたしやジークさんがこの場所にいた方が良い』って」
「俺やノエルが?」
「今、考えるとラース様の言った通りなんじゃないでしょうか? あの時、カインさんは自分のコマとしての役目を終えたと思っている。だから、文句も何も言わずにエルト様の元を離れてフォルムに行く事を承諾したんじゃないでしょうか?」
カインが命の危機に立った時に彼の口から出た言葉。
その言葉はノエルの中にどこかで引っかかっていたようであり、その言葉につながる物が今のカインの中にあるのではないかと表情を曇らせる。
「ないない」
「で、でも」
「コマとして、他人の事を見てる可能性は否定しないけど、あいつの場合は、被害を最小限にする事を考える。性格は最悪だけど、あいつはコマとは言え、他人の死を望むほど、人間として腐ってはいないさ」
しかし、ジークはノエルの不安はあり得ないと否定する。その中にはジークとカインの間でしかわからない何かがあるようにも見える。
「まぁ、カインの話はこれくらいにしておこう。今は関係がないしな。それより、今は、もっと、俺に優しくしてくれって話だ」
「……小僧、それは違うだろう」
ジークは話を変えようと思ったようで冗談めかして、もっと、同業者に優しくしてほしいと言い、ラースはそんなジークの様子に大きく肩を落とす。
「いや、違わないって、おっさん、あんたがワームに来たのはシュミットの性根を叩き直すためにワームにきたんだろ。性根をさっさと叩き直してくれよ」
「うむ。確かにそうなんだがな……」
ジークはラースがワームに来た理由であるシュミットの更生を早くしてくれと言うが、ラースはラースでシュミットの事で悩んでいるようで眉間にしわを寄せた。
「あの、どうかしたんですか?」
「誰もがどこかにあると思うが、シュミットは私やラースのように口うるさい者を遠ざけるところが多くてな。そして、自分の言う事を何でも聞く者をそばに置きたがる」
「それは反省も何もしていないだろ」
レギアスの口から出た言葉にジークはシュミットがエルトやライオの命を狙った事に反省など全くしていない事がわかり、大きく肩を落とす。
「エルト様やライオ様には手が出せない。カイン相手では役者が違う事も理解できたんであろう。その中で目を付けたのが」
「俺でジオスって言う片田舎の薬屋を潰そうって事か? ……ちっちゃいな」
「ほ、本当ですね」
エルトやライオ、カインと言った人間に手を出せない事にその矛先がジークに向かったようであり、ジークは改めて、シュミットの人間性の小ささに不安を覚えたようで眉間にしわを寄せ、ノエルは苦笑いを浮かべる。
「一応は今は小僧はルッケルと村での販売を中心にしているから、入り込む隙間はないようだが、村に来る冒険者でシュミット様の息がかかっている者もいるかも知れん。その事は覚えておけ」
「まぁ、覚えておいてもできる事なんてたかが知れてるしな。今まで通り、商いを続けていく事しかできないさ。それにうちの薬は基本的に物々交換だ。やっすい薬を持ってきてジオスで俺にプレッシャーをかけようとしても、物々交換で薬を販売できる商人じゃないとやってけないぞ」
「確かにそうだな。シュミット様との繋がりを考えて、あちらについてもジオス村では何もする事は出来んな」
ラースはジークとノエルの店を心配してくれているようであり、注意をするように言うが、ジークはどこかあっけらかんとしており、彼の口から告げられたジオスでの商売の様子にレギアスは笑い声をあげた。
「冒険者がきたって、小さな村だ。あまり見ない人間の情報は直ぐには言ってくるさ。それに『医師や薬屋は自分達が最低限に生きていけるくらいの収入さえあれば良い。欲にまみれた金より、共に笑い、泣く事のできる友の顔があれば良い』だろ? 今はノエルと一緒に生活できるだけの金があれば良いさ」
「ジ、ジークさん!?」
ジークは少し気恥ずかしそうに祖母の教えとノエルの名前を出すと彼女の顔は真っ赤に染まって行く。
「そうか。アリア殿の教えがあれば大丈夫だろう。それに1人でないのなら大切なものを見落とす事もなかろう。ジーク、薬草は種や苗木とともに数日中にジオスに届けよう。代金は今回の連絡係を受けてくれたのでな。ただで良い」
「へ? 種も苗も? それもただ?」
「何だ? 必要ないのか?」
レギアスはジークとノエルの様子に満足そうな笑みを浮かべると、ジークが望んでいた以上の条件を彼の前に躊躇する事無く差し出す。
ジークはその条件に驚きの声を上げるが、レギアスはその反応が楽しいのか彼を見て笑顔を見せるだけである。
「必要ですけど、それで良いんですか?」
「アリア殿の知識への対価にしてはまだまだ足りないとは思うがな。それとも不満か?」
「い、いえ、そんな事はないです。あ、ありがとうございます。精一杯、連絡係を務めさせていただきます」
「あぁ、期待している」
ジークはレギアスからの温情に深々と頭を下げ、条件に出されていた仕事を受けると言い、レギアスはその言葉に大きく頷く。