第285話
「そ、そんな事はない……と思いたいなぁ」
「ジークさん、自信を持ってください。わたしは今のお店が大好きですから、お客さんが少なくても、皆さんでお茶を飲んでゆっくりとできる良いお店です」
ジークはラースに言われるまでもなく、同じ事を思った事があるのか、遠くへと視線を向けるとノエルはジークに自信を持って欲しいようで両手を握りしめて彼を応援する。
「……」
「小娘、それは止めを刺しているようにしか見えんぞ」
「そ、そんなつもりはないです!?」
ノエルの応援はジークの心の傷口を思いっきりえぐっており、ラースはその様子にため息を吐くと、ノエルは慌てて首を振った。
「ジーク、お主も落ち込むな。私はお主のそんなところがアリア殿と変わらないと思っているのだからな。アリア殿が生きていたころもお主の店は今と変わらなかったであろう?」
「そ、それは……まぁ」
レギアスはジークとノエルの姿に小さくため息を吐くが、直ぐに昔と変わらないであろうジオス村の小さな薬屋の光景が目に浮かんだのか表情を和らげる。
ジークはその言葉に祖母アリアが生きていた時の店を思い出したようで小さく頷くがどこか納得がいかないようで眉間にしわを寄せた。
「医師や薬屋は自分達が最低限に生きていけるくらいの収入さえあれば良い。欲にまみれた金より、共に笑い、泣く事のできる友の顔があれば良い。アリア殿によく言われなかったか?」
「それはよく言われたけど……どちらかと言えば搾取しかされていない気がする」
「そ、そんな事、無いですよ。みなさん、ジークさんの事を本当のお孫さんのように思ってくれてるじゃないですか」
「いや、孫扱いしているなら、もう少し甘やかしてくれよ」
レギアスの言葉でアリアが良く言っていた事を思い出したようだが、今の村のお年寄り達の行動はアリアが店を仕切っていた時より、確実に悪化している。
ノエルは村のお年寄りの事をフォローしようとしているが、ジークは振り回されっぱなしのためか、大きく肩を落とした。
「その上、最近はおかしな噂も流されてるみたいだし、ワームにばあちゃんの教えを受けた人間がいるなら、もう少し、俺に優しくても良いだろ」
「そう言われるとそうですね」
レギアスからアリアの弟子がワームにも多くいると聞いた事もあり、おかしな噂も出ている事で優しくして欲しいとため息を吐くとノエルはアリアの弟子がおかしな噂を広めるわけはないと思ったようで首を傾げる。
「アリア殿に享受を受けた者はそのようなくだらない事はせぬ。それを広めているのは勢力を広げている者や言い難いんだが……」
「何かあるんですか?」
アリアの弟子達は噂になど流されるわけもない。
しかし、何かあるのかレギアスの眉間にはくっきりとしたしわが寄る。ノエルはレギアスの表情に何かあると思ったようで首を傾げた。
「1人。ジーク、お前を目の敵にしている者がおってな。他の者もそれに続いているのだ」
「ちょっと待ってください。俺は同業者にそんなに嫌われるような事はしていないぞ。ワームにだって知り合いなんて、おっさんとレギアス様しかいないだろ」
「そうですよね。わたし達はカインさんにワームを転移先にしておいた方が良いとは言われましたけど、必要ないかな? とも思ってましたし」
レギアスは本当に困っているようで大きなため息を吐くが、ジークには恨まれる心あたりなどまったくなく理不尽なものを感じているようで眉間にしわを寄せる。
ノエルもジークとは同意見のようで、首を傾げた。
「……小僧、小娘、お主達を目の敵にしている者に本当に心当たりはないか?」
「無いよ。カインが恨みを買うような事をしているかも知れないけど、あいつの関係で恨まれるのは筋違いだぞ」
ジークは自分を目の敵にしているのはカインに恨みを持っている物だと決めつけているようである。
「確かにあのキツネにも恨みを持っているだろうが、小僧と小娘にも恨みを持っている……完全な逆恨みだがな」
「逆恨み? そんなものを持たれたって言われてもな」
「そうですね。心当たりもないですし」
「おっさん、おっさんも知ってるなら、名前を言ってくれよ。って、言っても逆恨みなら、名前を知ってるかもわからないけどな」
ラースはジークとノエルを目の敵にしている人間の行動を心の底から情けないと思っているようで大きく肩を落とすと、いくら考えても心当たりのないジークは名前を教えて欲しいと言う。
「お前達を陥れようとしているのは現ワーム領主のシュミット様だ」
「シュミット? ……誰だ?」
「えーと、ジークさん、それはちょっと」
「小僧、いい加減、名を覚えると言う事をしようと思わんのか? シュミット様はラング様のご子息だ」
レギアスは1度、大きく息を吐くとシュミットの名前を告げた。
ジークはその名に首を傾げ、ノエルは彼の様子に苦笑いを浮かべるとラースは大きく肩を落とし、何度目になるかわからないシュミットの説明をする。
「あー、あまりに小者過ぎて直ぐに出てこないんだよ。エルト王子とライオ王子が斜め上の方向に爆走しているのとラング様が偉大すぎるせいだよな。だから、小者の名前を聞いても直ぐに誰か出てこないんだ。俺は悪くない」
「確かに、エルト様とライオ様も個性的ですけど」
「人を陥れるだけしか考えていない小者なんて、記憶の片隅に覚えておく価値すらない」
ジークは関わりのある王家の3人の顔と性格が頭をよぎったようであり、その3人と比べてしまうとやはりシュミットは小粒であるためか、迷う事無く覚えていなくても問題ないと言い切った。
「そ、それは言い過ぎじゃないでしょうか?」
「言い過ぎも何も、俺はエルト王子とカインにはめられてルッケルのイベントに参加したのであって、小者に恨まれる筋合いはないしな。と言うか、あの事で逆恨みって、どんだけ、人間性がちっちゃいんだよ。ラング様、エルト王子の指導だけじゃないく、あの腐りきった根性を叩き直してくれないかな?」
ノエルはジークのシュミットの評価は言い過ぎではないかと言うが、ジークは評価を変える気はないようで意味のわからない逆恨みにため息を吐く。