第283話
「納得がいかない」
「まだ、言っているのか? 他の商人が何を言っても実際に小僧の薬を使っている者達からの評判は良いんだ。問題、無かろう」
馬車に乗り、ワームの街から出てもジークは悪徳商人と言う噂を流されている事に納得がいっていないようでぶつぶつと呟いており、その様子にラースは呆れたようなため息を吐く。
「そうは言ってもな。だいたい、ルッケルとは契約をしてかなりの量を販売してるけど、こっちはノエルと2人でやってる個人経営の小さな薬屋なんだ。調合してるのは俺1人だし、元々の地力が違うんだ。これ以上、販売数だって増やせないし、敵じゃないんだから、変な噂を流す必要もないだろ」
「それでも、地方都市とは言え、その都市の領主に気に入られたんだから、仕方なかろう。他人を雇い入れ規模を拡大でもされれば、自分達の収入がなくなるそう考える者も多いだろうしな」
「そう言われれば、そうなんだけど……やっぱり、納得がいかない」
ジークの目から見るとおかしな噂を流している商人達とは地力が違う事もあり、どうしても納得がいかないようで、ラースの言葉を聞きいれる事が出来ないのか仏頂面をしている。
「実際、リックと言ったか、あの医師はこの近辺では名の売れた医師であろう。その者がルッケルと取引する前から重宝していたと言って、それにワームや王都にも先代の噂は聞こえていたようだしな。ただ、それを買いつけるだけのつてがなかったと言う話も聞いているのでな。先代が亡くなると質が落ちるとも言うが、そうでもないようだしな」
「そりゃ、こっちは10年以上もばあちゃんに叩きこまれてるんだ。品質を落とせば、人の命にかかわる可能性だってあるのに手を抜けるわけもないだろ」
ジークは祖母であるアリアの教えを忠実に守っているようで、当然だと言い切るとラースの口元は小さく緩む。
「そのような考えを持っているから、あいつも手を貸そうと思ったんだろうな。確かにあのアリア=フィリスの腕も気概も継いでおる」
「あ? おっさん、どう言う事だ」
ラースは豪快に笑うが、ジークは意味がわからないようで首を傾げている。
「気にするな。それより、見えてきたぞ」
「見えてきたって、何が? ちょ、ちょっと待て。育てれるようになったとは言っても、この量はないだろ」
ラースは目的の場所が見えてきたと馬車の外を指差すと道の両脇には1面に薬草畑が広がっており、ジークは予想していた物をけた外れに超えた景色に驚きを超えて顔を引きつらせた。
「別に小僧1人が使う素材ではないだろう。レギアス自身もこれを扱える薬剤師を探して譲ると言っていたからな」
「だ、だからって言っても、どんだけ作るんだよ。保管方法をしっかりしないと腐らせるだけだぞ」
「これだけ、いっぱいあれば、酔い止めの薬ができますね」
ジークの見立てではこの量の薬草を使い切るのは飛んでもない量の薬を作らなければいけないと言い、顔を引きつらせるが、ノエルはジークから自分に適した酔い止めの薬ができるかも知れないと聞かされていた事もあり、彼女の顔には血の気が戻り始めている。
「小娘、復活したな」
「まだ、本調子じゃないだろうけど、希望が見えてきたなら大丈夫だろう」
目の前に希望が見えた事で、今まで一言も話していなかったノエルが声を上げる様子にジークとラースは苦笑いを浮かべた。
「しかし、これだけの調合できる薬剤師がいるのか? レギアス様ってのは人を選ぶ気なんだろ。名前は結構知れわたってるけど、手に入れにくい薬草だからな。使った事ある人間はこの辺じゃ極端に少ないだろ」
「そのようだな。少なくともそれがレギアスとお主の祖母の約束らしいからな」
「……おっさん、今、なんて言った?」
ジークは貴重な薬草のため、調合した事もない人間に使わせても大丈夫かと聞くと、ラースの口からは何故かアリアの名前が出てくる。
予想外の時にアリアの名前が出てきた事にジークは意味がわからずに眉間にしわを寄せた。
「この薬草をこの近辺で育てる事ができるようにするのはレギアスと小僧の祖母であるアリア殿との約束だ」
「待て。どこで、ばあちゃんとレギアス様ってのは知り合ったんだ」
「そんなもの、ワシが知るか、知りたければレギアス本人に聞け」
「本人に聞けって言ってもな。ラング様とも知り合いだったみたいだし、そんなものなのか?」
ラースは詳しい事は知らないようであり、レギアスに聞けと言い切るとジークは良くわからない祖母アリアの人間関係に彼の眉間にしわはさらに深くなって行く。
「悩むのはそれくらいにしておけ、到着だ」
「到着って、言っても屋敷があるんじゃないのか?」
馬車が止まり、ラースは目的の場所に到着したようで馬車から下りるように言うが、外には屋敷らしきものはなく、レギアスと面会をすると聞いていた事もあり、ジークは周囲を見回すが建物は薬草の世話をしている者達の休憩所のようなものしかなく、首を傾げているがラースは気にする事無く、馬車に気づき、こちらに向かってきた作業員らしき男性と話を始めている。
「とりあえず、生えている状態の薬草を見せたかったって事か? ……凄いな。ここまで育てるのってかなりの手間だぞ」
「そうかも知れませんね」
ジークは馬車から下りると直ぐに薬草へと視線を移すと薬草の状態は素晴らしいものであるようでジークは感心したように言う。
ノエルは彼女にとっては希望の薬になりうるものを目の前に興奮しているようであり、大きく頷いている。
「それで、おっさん、レギアス様って言うのはどこにいるんだ?」
「ここだ」
「は? ……おっさん、くだらない冗談を言わないでくれって、本気?」
ジークは改めて、ラースにレギアスの居場所を聞くとラースは先ほどの男性を指差し、ジークは冗談だと思ったようだが、その顔を見ると冗談を言っているようには見えずに顔を引きつらせた。
「本気だ。久しぶりだな。ジーク=フィリスと言ってもお主は私の事など覚えていないだろうがな」
「ジ、ジークさん、お会いした事があるんですか?」
「いや、まったく記憶にない」
男性はジークの驚きように満足したように笑顔を見せるとノエルはジークの服を引っ張り、レギアスとの事を聞くが、ジークはまったく記憶にないようで思い出そうと首をひねる。