第282話
「……流石、聖騎士も出してる名家だよな」
「何だ?」
ラースの屋敷に到着するとワームへの出向と言う事でジークは一時しのぎの仮住まいを予想していたのだが、屋敷はアズの屋敷より立派なものであり、その大きさにジークは顔を引きつらせる。
ラースは使用人に馬車を用意するように指示を出すとジークの様子に意味がわからないようで首を傾げた。
「いや、オズフィム家は名家だって聞いてたけど、シュミットって奴のお目付け役だろ。ここまでの屋敷を用意する必要があったのか?」
「何を言っている? わざわざ、用意をするわけがないだろ。元々はシュミット様と一緒にエルト様とライオ様の暗殺を企てた者の屋敷だ。その者は他にもいろいろと悪事が見つかってな。身分をはく奪された」
ジークはラースがそのうち王都に戻ると考えている事もあり、無駄に大きな屋敷は無駄じゃないかと言うが、ラースは先日までは他の貴族が住んでいたと言う。
「おい。そんなところに住んで大丈夫なのかよ。襲撃とかあったらどうするつもりだよ」
「住むも何も、人が住まなければ屋敷はダメになる。それにワシらはこの屋敷で働いていた者達の生活も守ってやらなければならない立場にもあるのでな。それに襲撃などがあっても返討ちにしてくれるわ」
「まぁ、おっさんなら、本気で返討ちにしそうだけど」
ジークは以前に住んでいた者の話を聞き、眉間にしわを寄せるが、ラースはジークの心配事など杞憂だと豪快に笑う。
その様子にジークは腕力で何事も解決しそうだと思ったようで大きく肩を落とす。
「ラース様、準備ができましたが」
「うむ。小僧、小娘、準備は良いか?」
その時、馬車の準備ができたようで使用人の1人がラースに声をかけ、ラースは2人に出発しても良いかと聞く。
「えーと、ちょっと待ってくれ。転移先に登録しないといけないから、おっさん、屋敷の門のところで良いよな?」
「ん? 玄関の前でも構わないぞ。どうせ、ここまで歩くのだ。近い方が良いだろう」
「いや、そこまで気を使ってくれなくて良い。それになんか他人の視線が痛いし、直ぐに終わらせるから、馬車に乗って待っていてくれ」
新しい主と親しげに話すジークの姿に使用人達は遠巻きにこちらを見ており、ジークは居心地が悪いようでため息を吐くと足早に屋敷の門まで歩いて行く。
「別に気にする事でもないのだがな……小娘、いつまでも迷っていないで、馬車に乗れ」
「馬車……」
「ワシは先の乗っているぞ」
ノエルは何とか正気に戻ったようだが、馬車はやはり苦手なようで恨めしい視線で馬車を見ており、その様子にラースはため息を吐くと馬車に乗り込む。
「馬車……ジークさん、早く新しい酔い止めを作ってくれると良いんですけど、今回は馬車に乗るとなんて思っていなかったから、酔い止めもないですし」
「ノエル、何してるんだ。行くぞ」
「ジークさん、馬車はイヤです。馬車に乗るとなんて思っていなかったから、わたし、酔い止めの持って来てないんです」
「ちょ、ちょっと、ノエル、落ち着けって」
馬車に乗るなどまったく考えていなかったノエルはすでに泣き出しそうであり、魔導機器の転移先登録を終えて戻ってきたジークに抱きつく。
ジークは慌てながらもしっかりと彼女を抱きとめると彼女を落ち着かせようとするがノエルの顔はすでに真っ青である。
「困った」
「ここまで馬車が苦手なら、小娘はここに置いて行くか?」
ジークはノエルの身体の感触をしっかりと楽しみながらもこのままではどうしようもないため、ため息を吐くと馬車に乗り込んでいたラースは馬車から顔を出し、ノエルを置いて行く事を提案する。
「いや、そう言うわけにもいかないんだよ。ノエル、酔い止めなら、俺が持ってきてるから、少し落ち着け」
「本当ですか?」
「あぁ。おっさん、ノエルが落ち着くまで少し待っていて貰って良いか?」
ジークとノエルの距離が開くとノエルが持っている魔導機器の効果が切れてしまうため、ノエルを置いて行くわけにはいかず、ジークは常備している小さな薬品入れから酔い止めを取り出す。
ノエルは酔い止めを見て、少しだけ落ち着きを取り戻したようであり、その様子にジークは彼女を落ち着かせようとしたのか、優しくポンポンと彼女の頭を叩くとラースに時間を取ってくれるように頼む。
「かまわんが、それで落ち着くのか?」
「まぁ、一応は楽になるって言う実績はあるからな。おっさんには必要なさそうだけど、困っている人間がいるなら、安くしてやるぞ」
ラースは今の状態のノエルを馬車に乗せるのは危険と判断したようで頷きはするものの、乗り物酔いなどまったく経験がないようで酔い止めの効果を疑っているようにも見える。
その様子にジークはラースには必要ないと思ったようだが、しっかりと販売努力はしておく。
「知り合いにも馬車が苦手なものはおるが……小僧の薬は高いと言う噂を聞いているのでな」
「ちょっと待った。俺の値段は適正だ。むしろ、王都で他の薬屋を見たけど、あっちの方が高いぞ。それも話を聞くと効果だって薄いって聞くぞ」
ラースはジークをどこか悪徳商人だと思っているようで表情をしかめる。
しかし、ジークに取ってその言葉は言いがかり以外の何物でもなく、声を上げた。
「しかし、小僧、お前が汚い事をして、ルッケルで薬を独占で取引していると言う話も聞いているんだが、ルッケルでは1人の薬屋が薬の販売を独占しているとな」
「それはこっちの商売努力だ。ルッケルで毒ガス騒ぎがあった時に薬も出さずに逃げ出そうとしていた奴らに言われたくない。こっちはあの時、赤字覚悟で店にあった薬をほとんど出したんだからな」
現在、ルッケルの診療所ではジークの薬がかなり扱われており、その効果から医療関係者には評判はいいのだが、今までルッケルと取引をしていた商人達から見ればジークは邪魔な存在のようでおかしな噂を流しているようである。
その事を聞いたジークは納得がいくわけもなく、声を上げた。
「まぁ、ルッケルで医師達に話を聞いたが、実際はそんな事はないと聞いてはいるが、敵を作り過ぎると後が大変だぞ」
「敵を作るも何も俺は間違った事はしてない」
ジークの様子にラースは表情を緩ませるが、ジークは納得など行くわけもなく不機嫌そうに言う。