第280話
「とりあえず、噂は噂でしかなかったって事ね」
「そうなるけどな……実際は魔族への偏見をなくさない事にはどうしようもないよな。アズさんだって、魔族は人族の肉を食べると思ってるわけだし」
噂についてアズとラースがどんな考えを持っているか気になっていたようでフィーナが店の前に待ち構えており、ジークとノエルはフィーナに噂に過ぎなかったと言う。
それでも、ジークはアズの口から出た言葉が気になるようで、困ったように頭をかく。
「そうよね……あれ? ノエル、今更だけど、ドレイク以外の魔族って人の肉を食べないのよね?」
「そ、それは」
「ノエル、視線を逸らすな。言いたい事があるなら言ってくれ」
フィーナの頭をふとよぎった疑問にノエルは視線を逸らす。そんな彼女の様子にジークは言い難い事があっても話して欲しいと言う。
「あ、あの。怒りませんか?」
「怒られるような事を隠しているのか?」
「……今更、ドレイクが人族を食材程度にしか思ってないとかは止めてよ」
ノエルは切り出しにくいようで目を伏せており、フィーナは眉間にしわを寄せた。
「そ、そんな事は思ってません!?」
「それなら、何だ?」
「あ、あの。確かにドレイクは今は人族のお肉を食べるような事はしていません。オーガさんやトロルさんも同じです。ただ……」
ノエルの言葉から、ジークとフィーナは彼女が言い出しにくいのは、人族を糧として今も生きる魔族がいる事を示しており、ジークとフィーナは顔を見合わせる。
「ジークさんとフィーナさんが思っているような事じゃないです。あ、あの、魔族には他にも吸血鬼さんや……ラミアさんやサキュバスさんがいまして」
「あー、そう言う事ね」
ノエルの顔が真っ赤に染まって行くなかで、ジークは魔族の中で人族との性交渉での糧を得るものがいる事を思い出したようで気まずそうに首筋を指でかく。
「まぁ、よく聞く魔族よね……と言うか、実際、人族がいなくなると困る魔族ってのもいるのよね」
「そ、そうですね」
3人の中には微妙に気まずい空気が流れ始めるもフィーナは持ちつ持たれつのところもあるんだと言うとノエルは大きく頷く。
「そ、それに吸血鬼さんは、誰かを愛したら、もうその人以外の血は飲めなくなるって言うくらいロマンチストな種族ですし」
「それって、大丈夫なの? 血を飲まれた人族が吸血鬼の眷属になるって言うのは良く聞くけど」
「確かに吸血鬼は血を吸って吸血鬼を増やすって言うよな」
ノエルは吸血鬼の吸血は愛の証明だと目を輝かせ始めるが、フィーナの知っている知識では吸血鬼は吸血により、仲間を増やすとなっている。
それは人族に知られている一般常識であり、フィーナがその真意を聞くとジークも疑問に思ったのか首を傾げた。
「吸血鬼は吸血で、仲間を増やすわけではありませんよ。普通にあの……です」
「……と言うか、俺はセクハラをしてる気にしかならないんだけど」
「まぁ、そこまで、聞いてないわよ。でも、こうやって考えるとやっぱり、知らない事が多いわね」
ノエルは2人が疑問に思っていた事を首を振って否定すると吸血鬼の繁殖について話そうとする。
それはノエルにとってはかなり恥ずかしい事であったようで再び、顔を真っ赤にし、ジークは気まずそうに視線を逸らすと、フィーナは人族と魔族の誤解を解くにしても自分達が魔族の事を何も知らないと再認識したようでため息を吐く。
「だよな。今のところ、ゴブリンとリザードマンとは知り合ったけど、そう言う話はした事がないんだよな」
「そうですね。魔族と言われている種族同士でも、交流がないとわからない事がたくさんありますから」
「まぁ、それに関しては人族同士も一緒よね。私達は人間以外に知り合いってハーフエルフのアーカスさんだけだし、それもアーカスさん、変わり者だし」
「そう考えると、飛んでもない事をしようとしてるよな」
3人は魔族だけではなく、人族とまとめられる種族でもわからない事が多いためか、改めて、自分達が大変な事をしていると気付かされたようで3人は苦笑いを浮かべる。
しかし、今更、諦める気などないためか、弱音を口に出す事はない。
「とりあえず、そのうち、ギド達の集落に行っていろいろと聞いてみるか? リザードマン達にも話を聞いてみたいしな」
「そうね……あの、ザガロって言う奴を今度こそ、ぶっ飛ばしてやるわ」
「その前にジークさんもフィーナさんも言葉を覚えましょうよ。カインさんの本を借りてきたって、結局、覚えていないじゃないですか? と言うか、フィーナさんはおかしなやる気を出さないでください」
他の種族にもいろいろな話を聞いてみたいと言うジーク。フィーナは先日、知りあったリザードマンのザガロの顔を思い出したようで拳を握り締める。
ジークとフィーナの語学の勉強はまったく進んでいないようでノエルはため息を吐く。
「この間は、あのクズが邪魔したから、ぶっ飛ばす事はできなかったけど、今度こそ、どっちが上か、思い知らせてあげるわ」
「……言葉が通じてなくてもお互いが気に入らないって言うのはわかるんだな」
「どうしてなんでしょうか?」
フィーナは1度、思い出すとふつふつと怒りがこみ上げてきたようであり、剣の練習をするつもりなのか、勢いよく店を飛び出していく。
そんな彼女の様子にジークは眉間にしわを寄せ、ノエルは力なく笑う。
「とりあえず、フィーナは置いておいて、1度、しっかりと話しておきたいんだよな。一般的に知られてる魔法薬はゴブリン達にも効果があるっては聞いたけど、薬草関係は別だからな。他の種族にも効果がある薬草は作りたいし、ゴブリンは毒に強いって聞いたけど、他の種族はわからないしな」
「そうですね。この間、お薬が効かないのは辛いです」
ジークはいつか他の種族に平等に薬を販売する時の事を夢見ているのか、表情を緩ませるとノエルは酔い止めがなく、馬車に乗った時の事を思い出したようで顔を真っ青にする。
「そうだな。薬が効かないのは辛いよな」
「はい」
「それなら、まずはレギアスって人に薬草を安く売って貰わないとな」
ノエルの様子にジークは苦笑いを浮かべながら、ポンポンと彼女の頭を軽く叩く。
ノエルは乗り物酔いがよっぽど辛いようでジークの行動を気にする余裕はないようである。