第275話
「で、あのおっさんに良いように乗せられたわけ?」
「まぁ、そう言う事になるな……って、フィーナ、お前は何をしてるんだ?」
調合室のドアを開け、ジークの調合の様子をノエルとフィーナが覗いており、ジークはフィーナは調合の邪魔でしかないためか、眉間にしわを寄せた。
「別に良いでしょ。ヒマなんだから」
「ヒマなのはお前だけだ。少なくとも俺は忙しい。だいたい、遊びまわってないで、仕事でもしろよ。無職」
「誰が無職よ!!」
「いや、お前以外にここに無職はいないから」
ジークとノエルがここ最近、薬屋の仕事に集中しているせいか、冒険者として他にパーティーを組むあてのないフィーナはヒマを持て余しているようである。
「だいたい、私は街道整備の話は知ってたわよ。この間、シルドさんの店で聞いたし……ジークがノエルとの事でポンコツしてた時に」
「知ってたなら、手伝ってこいよ。無駄に体力が有り余ってるんだから」
フィーナは街道整備の事は知っていたようで胸を張るが、どこかジークとノエルが付き合い始めた事がやはりショックなようで小さな声でつぶやく。
そんな彼女の様子にジークは気づきながらもここで優しくするは何かが違うと思っているのか、悪態を吐く。
「誰が、体力バカよ!!」
「フィ、フィーナさん、落ち着いてください」
「いや、今日はそこまではっきりと言ってないんだけど、と言うか、自覚があるからそんな風に怒るんだろ」
「そして、ジークさんも煽らないでください!?」
フィーナはいつも通りに振る舞うジークの様子に少し感謝しつつも、やはり、バカにされるのは納得がいかなかったようで怒りの声を上げると調合室に入って行こうとし、ノエルは慌てて彼女を引き止める。
「まぁ、あんな良い餌をぶら下げられたら、受けるしかないんだけどな」
「ジーク、あんた、あのクズやエルト様もだけど、他の人間にも足元見られ過ぎよ。イヤだ。イヤだって言いながらも、あんた、下手したら冒険者以上に依頼を受けさせられてるんじゃないの? それも交換条件だなんだって言って、正規の依頼量より、安く買いたたかれてない?」
ラースの提案に乗るのは癪なのかため息を吐くジーク。その様子にフィーナは薬屋の仕事以外に無茶な頼み事を押し付けられていると言う。
「良いように使われてるのは自覚はある。わかってるんだよ。今回もわかってるけど、あの薬草は貴重なものだし、扱えると取り扱える商品の幅が広がるんだよ。それに前にノエルに薬草があったの覚えてるか? それの代わりにも使えるから、今、ノエル用に調合している酔い止めより、良いのができる可能性もあるし」
「それは重要ね。あのクズが置いて行った魔導機器はどこか信用ならないし、馬車の移動がなくならないわけじゃないしね」
「そ、そうですね。酔い止めの薬は重要です」
ジークはもう1度、ため息を吐くが、馬車移動が完全になくなったわけでもなく、馬車の苦手なノエルの事を考えると今回は断れないと言い、ノエルは乗り物酔いがかなりきついようで馬車に乗っているわけでもないのに顔を真っ青にしている。
「と言う事で仕方ないんだけどな……問題はどれくらい吹っ掛けられるかだ。この近辺じゃ貴重だからな。苗や種をくれるとは考えにくいから、購入する事になるわけだからな」
「良いじゃない。あんた、最近、ルッケルとの取引や、ラング様とまで取引して、お金貯め込んでるんだから、彼女のために使いなさいよ。それくらいの甲斐性見せなさいよ」
騎士の名門であるラースが間に入ってくれるとは言え、相手は貴族であり、偏見で貴族のほとんどは強欲だと思っているジークは肩を落とす。
その姿にフィーナはノエルのためにと言う部分を強調して言う。
「わかってる……それで、いつまで、覗いてるつもりだ? 言いたくないけど、結構邪魔なんだけど」
「す、すいません。店番に戻ります。フィーナさんも戻りましょう」
「ノエル、待って。私も一応、用があってきてるのよ。そうじゃなきゃ、しばらく、近寄りたくないって気分なんだから」
調合に集中したいジークはそろそろ、ドアを閉めて欲しいようで、ノエルはフィーナの手を引っ張ろうとするが、フィーナはただヒマつぶしにきたわけではないようである。
「あう……フィーナさん」
「あー、ノエル、謝らないで、謝られるとよけい惨めになるし、そっちの話はなし。必要もないわ」
フィーナの言葉にノエルはどこか罪悪感を覚えているのか、うつむいてしまう。その様子に居心地が悪くなってきたのか苦笑いを浮かべて、気にしないように言う。
「で、でも」
「ノエル、本人が良いって言ってるんだから、言わない」
「まぁ、ここまで、気にしないのもそれはそれで腹立つんだけど」
「どっちだよ。それで、用ってのは何だ? たまったツケでも払ってくれるのか?」
それでもノエルは何か言いたげだがジークが彼女の言葉を遮ると、フィーナはノエルは許せるようだが、ジークは許せないようで眉間にしわを寄せた。
そんな彼女の様子にジークは呆れたようなため息を吐くとフィーナが店を訪れた理由を聞く。
「ツケ? そんなものはないわ」
「……こいつ、言い切りやがったよ」
「それより、私が話したかったのは街道整備の話、噂程度なんだけど、ちょっと、気になる事があって」
フィーナは相変わらず、店から盗んで行った商品の代金を払う気はないようであり、迷う事無く言い切った後、街道整備で気になる事があると言う。
「気になる事ですか?」
「ええ、表向きは街道の老朽化による整備なんだけど、本当は魔族の目撃例が増えたから、王都から探索隊を派遣するために街道整備をしてるって、そして、魔族を発見したら、大規模な討伐隊が組まれるって話をシルドさんの店で聞いたのよ。この間、ゼイが村に来たでしょ。ゴブリンとリザードマンの集落ってワームの近くだし、噂が本当だったら、もっと、ワームから離れて貰った方が良い気がして、ギド達に話しておいた方が良いんじゃないかな? って」
フィーナは真剣な表情をすると、ジークとノエルに街道整備が魔族討伐を視野に入れたものだと言う噂がある事を話す。