第273話
「なんか、人が多いな」
「そうですね。ジルさんに聞いてみます?」
「いや、中に入ると手伝いさせられそうだし、このまま、行こう。ジルさんに聞けなくても、そこで聞けるだろ」
ジークとノエルは商品の引き渡しのため、ルッケルを訪れるとルッケルは賑わっており、2人は首を傾げた。
ルッケルの転移先を以前はアズの屋敷の前にしていたのだが、ジークやノエルの行動範囲を考えるとアズの屋敷とリックの診療所の中心であり、商店街の中にあるジルの店の前の方が都合が良く、ジルの店の前に変更している。
「そうですね」
「とりあえず、アズさんのところに行くか?」
「ジーク、ノエル、こんなところで何してるんだい?」
2人はルッケルの賑わいに首を傾げながらも、アズの屋敷に向かって歩き出そうとした時、タイミング良く店のドアが開き、ジルが顔を出す。
「商品の搬入ですよ」
「ジルさん、こんにちは」
「そうかい」
ジルの顔を見て、2人は頭を下げるとジルは何かあるのか、ジークとノエルの顔を交互に見てニヤニヤと笑う。
「何だよ?」
「いや、この間、シルドの店からきた冒険者にいろいろと聞いたんだよ」
「余計な事を、それで、用がないなら俺達は行くけど、時間も限られてるから」
ジークとノエルの関係の変化はしっかりとジルの耳にも入っており、ジークは自分の周囲の口の軽さにため息を吐き、アズの屋敷に言って良いかと聞く。
「別にお茶くらい飲んで行けば良いじゃないかい。ねぇ、ノエル」
「は、はい。ごちそうになります」
2人をからかうつもりのジルは、若い2人で遊びたいようで、ノエルを落としにかかり、ノエルは断り切れずに頷いてしまう。
「……まったく」
「良いじゃないかい。お茶くらい」
「は、はい……あの、ジルさん、ルッケルで何かあるんですか?」
店内を見回すとルッケル復興イベントほどではないが店内は賑わっている。客層は冒険者よりは作業着を着た人間が多い。
ジークはため息を吐きながらもノエル1人を置いて行くわけにもいかず、カウンター席に座る。
その様子にジルは苦笑いを浮かべると3人分のお茶の用意を始めたるとノエルは何もしないでいるのも落ち着かないようでジルにルッケルで何かあったのかと聞く。
「ワームのレギアス様がね。ルッケルとワームの取引が増えたり、いろいろとあったしね。改めて見ると街道もかなり傷んできてるし、整備しようって言ってくれてね。それで多くの人達が来てくれてるんだよ」
「レギアス? あれ? どっかで聞いた事あるような……でも、待ってくれ。本当にミミズ肉は取引されてるのか!?」
「現状で言えば、ルッケルを支えている財源の1つだからね。文句は言えないよ」
ルッケルからワームの街道整備が始まり、多くの人間が集まってきている。
ジークは取引の内容が1つしか思い浮かばないようで驚きの声を上げるが、ジルは苦笑いを浮かべた。
「確かにそうかも知れないけど、抵抗はある」
「まあね。売ってるのに特産料理の1つもないと格好付かないから、何か考えてくれって言う話もきてるんだけど、流石に抵抗もあってね。それでも、鉱山が使えない状況だと仕方ないんだよ。それに臨時とは言え、鉱山で働いていた人達も雇ってくれてるんだ。文句なんて言えないよ」
ジルも輸出品がミミズ肉と言う事に抵抗があるようだが、ルッケルの現状で言えば文句など言えないと笑う。
「あの、鉱山はまだダメそうなんですか?」
「そうだね。王都からの研究員が来てくれてるけど、ミミズの影響で調査もなかなか進んでないみたいでね」
鉱山は相変わらずの状況であり、ジルはため息を吐くと3人分のお茶を置く。
「しかし、そうなると財政的に大丈夫なのか? ワームのレギアスって奴の提案とは言え、経費を全部払ってくれるわけじゃないだろ。それなりにルッケルにだって出費はあるはずだし……まぁ、俺が気にする事じゃないか。気にしたって何もできないし」
「薬代を値引きするくらいはできるのではないか? 小僧、ずいぶんとルッケルを食い物にしていると言う噂ではないか?」
「……おっさん、どこから、湧いてくる」
ルッケルの財政面を不安に思い、ジークが頭をかいた時、あまり聞きたくない声が聞こえ、ジークが声がした方を向くとそこにはワームでシュミットのお目付け役をしていたはずのラースが立っている。
「ラ、ラースさん、お久しぶりです」
「あぁ。しかし、良いところにいたな。小僧」
「何でこう……イヤな予感しかしないんだろうな」
ラースに深々と頭を下げるノエル。ラースはジークとノエルを見て何か思いついたのか口元を緩ませるとジークは嫌な予感しかしないようで大きく肩を落とす。
「ノエル、さっさとアズさんのところに商品を預けて帰るか?」
「あの、ジークさん、今帰ってはいけない気がするんですけど」
「逃げるな。小僧、どうせ、ワシもアズ様のところに行くのだ。少しくらい待っていろ」
ジークは面倒事はゴメンだとノエルを連れて逃げようとするが、そんな彼の首根っこをラースがつかみ、彼を引き止める。
「ご挨拶に伺うのが遅れてしまい、申し訳ありませんでした。先日のルッケルのイベントの時には親子そろってご迷惑をかけてしまったようで申し訳ありません」
「気にしないでください。よくある事ですし、そんな事を気にしていたら、こんな商売やってられませんから」
引きとめられ納得がいかなさそうな表情をしているジークを余所に、ラースはジルに向かい深々と頭を下げた。
ジルはその様子にラースが何の事を言っているか直ぐに察したようで、柔らかな笑みを浮かべ、気になどしていないと言う。
「ありがとうございます」
「と言うか、今更かよ。どれだけ、時間が経ってると思ってるんだよ。それくらいもできないかよ」
ジルの返事に感謝し、礼を言うラース。その様子にジークは謝罪をするならもっと早くしておけよと悪態を吐く。
「小僧、貴様は礼儀を知らんようだな」
「その言葉、そっくり返す。あんたが礼儀を知らないから、娘も礼儀がなってないんだろ」
「ジークさん、落ち着きましょう。ここでケンカはジルさんに迷惑になりますから、ラースさんもアズさんのところに行かないといけないんですよね。ジルさん、すいませんけど、今日はこれで失礼します」
ジークの言葉にラースは視線を鋭くするが、ジークは先日もセスの研究室でカルディナに罵倒された事もあるため、怯む事無くラースを睨み返す。
2人の様子にノエルは何かあったら困ると思ったようで2人の間に割って入るとジルに頭を下げ、ジークの腕を引っ張り、ジークとラースの距離を取る。
「あいよ。ジークもあんまりノエルに迷惑をかけるんじゃないよ」
「わかってる。おっさん、さっさとしろよ」
ジルはジークとノエルの事は後でも良いと思ったようで頷き、ジークはノエルを困らせるために行かないためか、ノエルの言葉に素直に頷く。