第271話
「で、結局、ヘタレたのかい? それとも進展したのかい?」
「セスさん、エルト王子をジオスに連れてくるの止めてくれませんか? ……あれ? セスさんは?」
3日後、店にエルトとセスが現れ、調合中のジークにエルトは茶々を入れる。
ジークは調合で手を放すわけにもいかないため、振り返る事無く、セスにエルトを連れてこないで欲しいと言うが、彼女からの反応はない。
セスからの反応がない事に何かあったのかと思い、手を止めたジークは振り返るがドアの外から調合室を覗いているのはエルトだけであり、その様子に彼は首を傾げる。
「セスは今、いろいろと忙しくてね」
「カインと何かあったのか?」
「自分の事を棚に上げて、セスとカインの話には食いつくんだね」
先日、カインの新領地を見に行った時にセスはカインと何かあったようであり、エルトの言葉にジークは食いつき、彼の様子にエルトは小さくため息を吐いた。
「いや、まぁ……気になるだろ?」
「別に小声にしなくても良いんだけどね。それより、調合は良いのかい?」
エルトの言葉にジークは1度、視線を逸らすが、やはり好奇心には勝てなかったようでエルトを調合室に招き入れると調合室の外に聞こえないように小声で聞く。
エルトはそんなジークの様子に苦笑いを浮かべるも気持ちはわかるようで、何より、自分と同じ考えの人間を増やしたいようでその様子は嬉々としている。
「大丈夫だ。大方、片付いたから」
「それなら、問題ないね。本当なら、ノエルの淹れたお茶を飲みながらにしたいけど、今は期待できないからね。と言うか、何で、イスやテーブルがあるんだい?」
「数日、火加減とか見てないといけない調合もあるからな。その時に飯食ったりするのに使うんだよ。キッチンまで行く時間もない時があるからな」
ジークは迷う事無く問題ないと言い切り、2人分のイスと小さなテーブルを引っ張り出す。
エルトはその様子に疑問を持つが、ジークに取っては必需品のようで気にする事無く、さらにお茶を入れるつもりのようでてきぱきと準備を始めて行く。
「そして、お茶まで出てくるかい?」
「ノエルがいない時は、全部、1人でやってたんだ。当然だろ」
期待していなかったお茶の準備がされている事に苦笑いを浮かべるエルト。
ジークは1人で全てをやっていた時の事を思い出したようで小さくため息を吐く。
その一言にエルトの口元は小さく緩んだ。
「な、何だよ?」
「ジーク、今、下手を打ったと思ったね」
「……」
ジークはエルトが自分とノエルの話も聞きにきた事を思い出し、彼を調合室に招き入れた事に下手を打ったと思ったようだが、表情に出す事はない。
しかし、エルトはジークの心の中を見透かしたかのように笑い、その様子にジークは大きく肩を落とす。
「と言う事で、まずは先にジークとノエルの話を聞こうかな?」
「聞くも何もない。そのままだ」
「結局、話を先送りにしたわけかい」
ジークはエルトが喜ぶような事は何もないと答え、エルトは呆れたようにため息を吐く。
「仕方ないだろ……出来れば、もう少し、察して欲しかった」
「ノエル、鈍いからね……想像を超えるくらいに」
ジークは情けなくはあるが言いだす前にノエルに察して欲しかった気持ちもあるようで少し遠い目をするとエルトはあそこまでの動揺を見せていたジークの想いに気が付かないノエルの鈍さにジークを少し哀れにも思っていたようで眉間にしわを寄せた。
「だろ?」
「だからと言って、ジークがノエルに告白しないって流れにはならない」
「うっ……」
エルトに賛同して貰えた事にジークは話を切る事ができると思ったようだが、そんな簡単に行くわけもなく、ジークはエルトから視線を逸らす。
「頑張ってよ。私はジークとノエルを応援しているんだから」
「そう言ってくれるのは嬉しい事なんだろうけど……エルト王子に言われると何か裏がありそうで何かイヤだな」
「まぁ、実際は素直に応援したいのが半分、もう半分は別のところにあるね」
「もう半分? ……それはどう言う事だ?」
ジークとノエルの事を応援したいと笑うエルト。ジークはエルトにペースを握られたくないためか、話を逸らそうと試みるが、エルトはジークの考えもわかっているのか笑みを浮かべた。
ジークはそのエルトの笑みと言葉に何か引っかかったようで視線を鋭くする。
「睨まないで欲しいかな?」
「説明してくれるか?」
「説明も何も、1つはジークとノエルの友人として応援したい気持ち、もう1つは人族のジークと魔族のノエル、私が目指したい国はそんな2人が共に生きていける国だからね。目の前に目指したいものがある。それだけだよ」
「それなら、エルト王子が、魔族で良い人でも探せよ。次代の王が魔族を妃に迎えた。そして、声高々にこんな世界を目指すと宣言しろよ」
エルトは迷う事無く、自分が目指すべき国のためだと言い切り、ジークは悪態を吐く。
その言葉にエルトは何か思いついたようで口元を緩ませた。
「な、何だよ?」
「確かにそれもそうだね。でも、私には魔族の知り合いはノエル以外にいないから……ノエルは良い娘だよね」
ジークはエルトの様子にイヤな予感がしたようであり、エルトはわざとらしくノエルの名前を出すとイスから立ち上がる。
「どこに行く気だ?」
「いや、ジークがヘタレてるから、ノエルは現在進行形でフリーなわけだし、あんな器量が良い娘をこんな自分の気持ちも伝えられない男に上げるのはもったいないなぁ。ってね」
「って、待ちやがれ」
ジークのイヤな予感は納まる事無く、今も警告音を鳴らしているようで、彼の顔はひきつって行くが、エルトは楽しそうに笑うと調合室のドアを開け、ノエルとセスがいる店内に向かって駆け出して行き、ジークはエルトが何をする気か理解したようで慌てて、彼の後を追いかけて行く。
「ノエル、ちょっと良いかな?」
「はい。エルト様、どうかしましかた?」
「ノエルちゃん、この人誰だい」
「もしかして、ジークにライバル登場?」
「セスちゃんって、言ったかい? あの人はあんたの良い人かい?」
ジークの店自体は村の小さな薬屋であり、先に調合室を出たエルトが先に店内に着くのは当然の事である。
ノエルはエルトに声をかけられ首を傾げると店内には村のお年寄りが集まっており、ざわざわとしている。
「ノエル、あのね」
「誰が、ノエルを渡すか!! ノエルは絶対に渡さない!!」
「え? でも、ノエルって、ジークの彼女でも何でもないんでしょ? 告白1つしてないんだから、私がノエルにプロポーズしても良いじゃないか?」
「そんな打算で好きな娘を取られてたまるか!!」
「って、言うジークの告白なんだけど、受けてくれる?」
エルトに挑発されたジークは口を滑らせるとエルトは思い通りに話が進んだ事に楽しそうにノエルに告白の答えを求め、ノエルの答えを待っているのか、店にいたお年寄りは彼女の答えに息を飲む。
「あ、あの……その」
「逃げるか。ジーク、追いかけなくて良いの?」
しかし、ノエルは突然の事に一瞬で顔を真っ赤にすると顔を押さえて、店から逃げ出して行ってしまう。
エルトは彼女の反応からすでに答えはわかりきっているようで、わざとらしく、ジークに追いかけなくて良いのかと聞く。
「お前、何をしてくれてるんだ!!」
「私に文句を言う前にジークがやるべき事はノエルを追いかける事だよ。今度は逃げるんじゃないよ」
「逃げ道なんか、既にないだろ!! お前、覚えておけよ!!」
ジークはエルトの胸倉をつかもうとするが、エルトはその手を払うと真剣な表情をして真っ直ぐと彼の目を見て、もう1度、ノエルを追いかけろと言う。
その言葉にジークは捨て台詞を吐くと勢いよく店を出て行く。
「お兄さん、良い事したね。ノエルちゃんが淹れたお茶だけど、飲むかい?」
「セスちゃん、あんた良い男を捕まえたね」
「いや、私はセスの彼氏じゃないよ。セスはカインの良い人何で」
「カインの? それはジークとノエルちゃんに続いて良い話だね」
「エルト様、あなたは何を言っているんですか!?」
エルトの行動に村のお年寄りは彼を誉め称え、エルトはさらに爆弾発言をすると、今度はセスがお年寄りに囲まれ始める。
「いや、ジークもカインもこの人達にとっては孫みたいなものだから、報告は必要かなだと思ってさ」
「そんな嘘を報告しないでください!? か、帰りますよ。すぐに」
「あー、セスが怒ったんで、そろそろ、失礼します」
セスはこの状況に耐えきれないようで逃げるように転移魔法を使い、2人は王都に戻って行く。
「ノエル、ま、待ってくれ。に、逃げないでくれ」
「に、逃げます」
ジークは店を出ると、ノエルの運動神経の鈍さもあり、直ぐに彼女に追いつくが、ノエルはジークの顔を直視できないようで木の影に隠れている。
「そ、それは、ダメと言う事でしょうか?」
「ち、違います。そうじゃないです。嬉しいんです。だけど、わたし、ドレイクですし、同じ、人族のフィーナさんの方がジークさんは幸せになれるんじゃないかって」
ジークはノエルの反応に断られると思ったようで、落ち込んでしまったのか、なぜか敬語になってしまう。
ジークの様子にノエルは慌てて、ジークからの告白が嬉しかった事を告げるが、彼女のジークが考えていた事と同様に種族の違いを気にしているように見える。
「そんなの関係ない。俺はノエルが良い。ノエルは俺じゃイヤか?」
「イヤじゃないです。嬉しいです。で……」
ジークはいつの間にかノエルのそばに近づいており、彼女の両肩をつかむと真っ直ぐにノエルの目を見て聞く。
それでも彼の告白を受ける事は出来ないと言おうとするノエル。ジークは彼女を引き寄せて、彼女の唇を奪いその言葉を遮うがノエルはジークを跳ね返す事はない。
「ノエルと一緒に住むようになって、いろんなノエルを見て、ノエルが好きだって気付かされた」
「はい……わたしもいろんなジークさんを見て、ジークさんの事が大切な人になってました」
ジークは唇を離すとノエルの顔を見るのが恥ずかしい事もあるのか、そのまま彼女を抱きしめ、耳元で改めてノエルが好きだと言い、ノエルは彼の背中に手を回し、その言葉に頷く。
「種族が違う事が引っかかって、何も言えなかった。言う勇気もなかったんだよ。あの遺跡で、叶わなかった2人の事を見てしまったから、怖かったんだと思う。それでも、ノエルが好きで離れたくないって思うんだ。あの日、ノエルが来た日、ノエルが語った夢を今は本気で叶えたい。ノエルのそばにいたいから」
「はい。わたしもです。ジークさんと一緒に叶えて行きたいです。ジークさんのそばにいたいから」
ジークとノエルはお互いの想いを確認すると改めて、自分達が共に歩んで行ける世界を目指す事を誓う。